なぜ誹謗中傷されているのか

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特集記事

2. サイコパス

日本には120万人のサイコパスが存在している

 誹謗中傷が原因で自殺したというような事件が報道されると被害者にフォーカスが当てられることは多い。しかし、どんな人達が誹謗中傷しているかはあまり知られていない。
 ネットで他人を誹謗中傷するという反社会的行為は、加担していることが周囲に発覚すると勤務先・学校・家族に迷惑をかけることになる。だから100人中99人は社会からの非難を恐れて誹謗中傷の実行を思い留まる。しかし、現代の脳科学は残りの1人の存在を明らかにしている。今回は脳科学の観点から誹謗中傷している人達の思考を解剖していく。
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 ありえないようなウソをつき、常人には考えられない不正を働いても、平然としている。ウソが完全に暴かれ、衆目に晒されても、全く恥じるそぶりさえ見せず、堂々としている。それどころか、「自分は不当に非難されている被害者」「悲劇の渦中にあるヒロイン」であるかのように振る舞いさえする。
 残虐な殺人や悪辣な詐欺事件をおかしたにもかかわらず、まったく反省の色を見せない。そればかりか、自己の正当性を主張する手記などを世間に公表する。
 外見は魅力的で社交的。トークやプレゼンテーションも立て板に水で、抜群に面白い。だが、関わった人はみな騙され、不幸のどん底に突き落とされる。性的に奔放であるため、色恋沙汰のトラブルも絶えない。
 経歴を詐称する。過去に語った内容とまるで違うことを平気で主張する。矛盾を指摘されても「断じてそんなことは言っていません」と、涼しい顔で言い張る。
 ──昨今、こうした人物が世間を騒がせています。見過ごせないのは、この種の人間を擁護する人が少なくないことです。「彼/彼女は騙されてああなってしまったのだ」「けっして悪い人じゃない。むしろとても魅力的だ」
 といった好意的な反応が、テレビのコメンテーターから一般の方まで、少なからず出てくるのです。時には「信者」であるかのような崇敬を示す人までいます。そうした人たちは、きっと知らないのでしょう。彼/彼女らが、高い確率で「サイコパス」だということを。
(中野信子 2016, pp. 3-4)

 

 

 

 

 

 上記の文は中野信子氏(脳科学者)の著書「サイコパス」の冒頭に書かれた文章を一字一句変えず、原文通り引用したものである。私はこの文章を初めて読んだとき、まるで当該人物の「プロファイル」を読んでいるかのような驚きを覚えた。
 もちろん医者でもない私が他人に「◯◯◯◯◯である」と診断を下すことはできない。
 しかし専門家ではないからこそ、精神科医・脳科学者らが気の遠くなるような研究によって辿り着いた英知を現実社会に活かし、攻撃的な人物達から人生を破壊されないためのノウハウを身につけておくべきであろう。
 このレポートが家庭や職場、学校やママ友サークルなどでサイコパスからいじめを受けて苦しんでいる人達の希望になれば幸いである。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 凄惨な殺人事件が起きた後、犯人の人物像について近所や周囲の人が「なぜあの人が」「とてもそんなことをする人に見えない」と言うことがよくあります。
 しかし、これは不自然なことではありません。普通に見える、あるいは普通以上に真面目で「いい人」であるかのように装う能力を持っているのがサイコパスだからです。
 サイコパスは、第一印象がとても良いのです。礼儀正しく、タレント性があり、人によっては無邪気にすら見えます。簡単に相手の信頼を得ることができるのが、彼らの特徴なのです。
(中野信子 2016, p. 34)

 

 

 

 

 

 私が断酒掲示板の炎上に手を焼いていた頃、当該人物から「大丈夫ですか?」と心配と励ましのメールが届いたときは救われたような気になった。
 そのメールが届く以前から断酒について相談を受ければ他の相談者と同じ様に、忙しくてもなるべく丁寧に返信を書いていた。
 自分のお悩み相談で頭がいっぱいのメルマガ読者の中で、メルマガを発行したり、掲示板を運営したりしている私の苦労を気遣ってくれる人はなかなかいない。私は当該人物をすっかり信用してしまったのである。
 当時はまさか当該人物が複数のなりすましアカウントで掲示板を炎上させている張本人だとは夢にも思っていなかった。
 あの時の気遣いのメールも、現在の罵詈雑言の誹謗中傷ブログも同一人物であるということに私は驚きを禁じ得ない。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 カナダのマニトバ大学の研究チームは1215名を対象とした調査から、サイコパスはネット上で「荒らし」行為をよくする傾向があることを明らかにしました。
 また、ベルギーのアントワープ大学の研究者グループが14歳から18歳の青少年324人を対象に調査した結果、サイコパスはフェイスブック上で他者を攻撃したり、ひどい噂を流したり、なりすましをしたり、恥ずかしい写真を載せたり、仲間はずれにする傾向があることがわかっています。
 サイコパスには、他人に批判されても痛みを感じないという強みがあります。
 したがって、問題発言やわざと挑発的な言動をしてよく炎上し、しかしまったく懲りずに活動を続け、固定ファンを獲得しているブロガーにも、サイコパスが紛れ込んでいる確率は高いと考えられます。彼らは人々を煽って怒った様子を楽しみ、悪目立ちすることで、快感を得ていると思われます。賛否を問わず大きく話題になってクリック数が増えさえすれば収入に直結しますし、いくら叩かれたところで捕まったり殺されたりするような危険はまずありませんから、刺激に満ちた生活を求めるサイコパスにとっては、うってつけの商売と言えます。
 いうまでもなく、こうした人物の発言は、真に受けないことです。彼らの脳は、長期的なビジョンを持つことが困難なので、発言に責任を取ることができず、またそのつもりもなく、信じるだけバカを見ます。しばらく観察するとわかりますが、変節に呆れて旧来からのファンが離れた頃に、何も知らない人間が引き寄せられてまた騙され......の繰り返しです。 驚くべきことに、化けの皮が完全に剥がれているにもかかわらず、信者のようにずっと付いていく人も少なくありません。これもまたサイコパスならではの人心収攪術なのかもしれません。
(中野信子 2016, pp. 190-191)

 

 

 

 

 

 冒頭でも述べたように100人中99人の人々はネットで誹謗中傷するという行為に手を染めることはない。冷静さを持ち合わせていれば、どこの誰ともわからないような人物から焚き付けらて自分の社会的信用を貶めるようなことはしない。
 その理由は、もし雇用している人物が誹謗中傷に加担していることが発覚したら勤務先はコンプライアンスが疑われるので処罰の対象になることは必至であるからだ。放置しておけば企業間の取引停止や消費者の不買運動に発展しかねない。
 また、もし子どもがネットの誹謗中傷グループに加担しているような場合は注意する立場であるはずの親が反社会的行為に手を染めている張本人であると世間に発覚した場合は、学校・PTA・教育委員会などにおいても問題になるであろう。
 しかし、中野信子氏が指摘しているようにサイコパスは他人に批判されても痛みを感じないから良心のブレーキが存在しない。もし、操られて協力者となっている人達がサイコパスでないとしたら、つまり、痛みを感じる良心を持っているのであれば失うものは決して小さくないであろう。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 サイコパスはほとんどが男性で、女性は圧倒的に少ないとされています。しかし、わずかながら私たちの日常生活の中でも、サイコパスではないかと疑われるケースはあります。
 若者の間で「オタサーの姫」「サークルクラッシャー」と名付けられるタイプの人がいます。「オタサー」とは、漫画研究会やアニメ同好会のようなオタク系サークルを意味します。こうしたサークルには、奥手で女の子と話すのが苦手な男の子が集うものですが、童貞の男の子がいかにも好きそうな、一見清楚で汚れのなさそうに見える女の子が入ってくることがよくあります。男女比が極端なので自然とモテやすくなる。それが「オタサーの姫」です。
「サークルクラッシャー」とは、サークルの中で複数の男の子と性的関係や精神的依存関係を持ち、それが原因でトラブルを起こし、最終的には集団を崩壊させてしまう女の子のことです。
「オタサーの姫」イコール「サークルクラッシャー」というわけでもないのですが、両者とも女の子に慣れていない男の子たちの歓心を買い、手玉に取るという意味ではよく似ています(「オタサーの姫」戦略が失敗すると「サークルクラッシャー」扱いされてしまう、ということかもしれません)。
 サークルだけではなく、男性が多く女性が少ない理工系の大学研究室などにも、こうした女性が紛れ込んでいることがよくあります。
 彼女たち本人は清純さを装い、あるいは本心から自分は清純だと思い込んでいますが、複数の男の子に対してわざと思わせぶりな態度をして気を惹いてみる。あるいは実際に乱れた性的関係を繰り広げている──それがバレて問題化すると、言葉巧みに被害者を装い、「本当は◯◯君のほうが好きなんだけど、××君に迫られたから」などと男の子側に責任を転嫁したり相互不信を煽ったりして、サークルの人間関係自体を破壊してしまうのです。
 オタサーの姫/サークルクラッシャーの多くは、虚勢を張るのではなく、むしろ自身は弱者である、という演出をします。そうすることで獲物をおびき寄せ、釣り上げるのです。受け身で依存心が強い女の子、というキャラクターを演じることで、男の子を引き寄せるわけです。
 金銭や物品、さまざまな便益を得るためにすることもあれば、異性が騙されて自分の思い通りに転んでいくこと自体が楽しい、というケースもあります。彼女たちのやり方は、ある種の詐欺師の手口に似ています。結婚詐欺やオレオレ詐欺は、自分が金銭的に困窮していることをアピールし、助けてほしいと訴えることで大金を引き出します。それを犯罪にならない程度に、ソフトにやるわけです。自分の欠点や弱い部分を見せるくらいなのだから、きっと言っていることは本当なのだろう、と思わせるわけです。一見かよわそうに振る舞ってはいますが、やっていることは詐欺師や悪質なナンパ師と変わりません。
 男性サイコパスが行う殺人や徹底的な搾取とはまた異なる、「自分さえ生き延びられればいい」という女性サイコパス特有のふるまいだと言えます。
(中野信子 2016, pp. 192-194)

 

 

 

 

 

 「オタサーの姫」はオタク系サークルや理工系大学に限らず社会のあちこちに偏在している。しかしそれにはレベルがあって、かつては「ぶりっ子」と呼ばれたキャラから上記の「サークルクラッシャー」までいくつかの段階がある。一般的な女性はグループに「ぶりっ子」がいると危険視して疎んじる。本能がアラートを鳴らして「サークルクラッシャー」になる可能性を知らせているのではないだろうか。
 しかしキャラではなく、意図的な目的があって人心を弄んでいる「サークルクラッシャー」はサイコパスである。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 自分が搾取可能な集団をつくって君臨する人は、私たちの身近にも多くいます。
 たとえばママ友仲間を集めて序列をつくり、疑心暗鬼を促して自らはカーストの頂点に座するボス的な女性もその一例でしょう。
 彼女らは、新入りの女性に対して「良き協力者」を演じ、力になりたいという態度で近づいてきます。
 相手の情報を収集した後、別のメンバーを集め、そこにいない人間についての悪口合戦に参加させます。メンバーを変えてそうした行為を繰り返し、「あの人、あなたについて こんなこと言ってたわよ」と囁いたり、公然と糾弾したりすることで皆の恐怖と不安を煽り、コミュニティを自分に都合のいいようにコントロールしてゆくのです。
(中略)
 ロバート・ヘアが指摘していますが、サイコパスはとくに看護や福祉、カウンセリングなどの人を助ける職業に就いている愛情の細やかな人の良心をくすぐり、餌食にしていきます。困っている人に手をさしのべることを好む献身的な人間は、サイコパスにとってはつけ込みやすく、利用しやすいのです。
 自己犠牲を美徳としている人ほどサイコパスに目をつけられやすいのです。
(中野信子 2016, pp. 188-189)

 

 

 

 

 

 現在当該人物がSNSでの誹謗中傷と同時に行っているのがこの「陰口・噂話」の手法である。
 ある日突然、断酒仲間を装ってSNSでダイレクトメッセージが送られてくる。好意的な内容なので大抵の場合は安心して返信してしまうだろう。あるいはブログの記事に好意的なコメントを書いてくれたので返信したときなども同様である。ブログの記事をリブログされたのでリブログ元のブログを見に行ったことからコンタクトが始まることもある。
 おそらくいずれの場合も私が当該人物から受け取ったメールのようにフレンドリーな文面であることは想像に難しくない。
 しかし、当該人物からのアプローチに限ったことではないが、メールの文面が好意的だからといって簡単に相手を信用してはいけない。突然のアプローチには何らかの意図と目的があるはずだからである。
 また、「私も断酒しています」という言葉は断酒者を簡単に無防備させてしまう。
 だから情報元は信用に値するのかを徹底的に検証しなければならない。オレオレ詐欺や振り込め詐欺と同じである。

 ・情報元は日本人か外国籍か(反日的ではないか)
 ・情報元は宗教関係者ではないか
 ・情報元は反社会的組織に関係していないか
 ・情報元の出身地・居住地はどこか
 ・情報元の家族構成は
 ・情報元の仕事・勤務先は
 ・情報元に犯罪歴はあるか
 ・情報元に古くからの友人はいるか

 そしてその人物との付き合いはどのくらいの期間であるか。
 少しでも疑問が残る場合は、メッセージが届いてもスルーするか軽く受け流す程度にしておくのがネット社会のライフハックである。
 しかし、情報元の信用度を無視して情報の内容だけを鵜呑みにし、簡単に協力者になってしまうような人達は脇が甘すぎと言えるだろう。
 ちなみに、情報元の本人に直接聞くというやり方は検証方法にはならない。サイコパスはもっともらしい言い訳を常に準備しているからである。

 当該人物の信者と化してしまった人物から「誹謗中傷されているのに、なぜ反論しないのか?」と掲示板で公開質問を受けたことがあったが、私は「当該人物のことはよく知らない」と答えた。事実として当該人物は過去に実施していたミーテイングの中で自分自身のことを巧みに隠しながら話をしていた。理由は聞かなかったのだが、雑談の中で当該人物は本名も変えていると私に話していた。
 当該人物の信者と化してしまった人物もかつては都内の会議にもよく顔を出していたほど協力的であったが、当該人物に洗脳されてからは私に対する態度が一変していた。私を軽蔑するような雰囲気を漂わせ、当該人物と同様に攻撃的になっていた。私が立ち会っていない当人同士のコンタクトでどんな作り話を聞かされたら、これほど私を憎むようになるのであろうか。
 おそらく、この信者と化したこの人物も当該人物の正体はよくわからないのではないだろうか。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 サイコパス自体だけでなく、サイコパスの餌食になる人も、なかなか興味深い存在です。サイコパスのウソや奔放な性関係が完膚なきまでに暴露された後も、なぜかその人を信じ続け、支持し続ける人が少なくありません。
 自分が騙されていたことがわかったり、犠牲者の存在が明らかになったりしても信者で「あり続ける──不思議な話だと思いませんか?
 実は、人間の脳は、「信じる方が気持ちいい」のです。これもまた、集団を形成・維持する機能の一つと言えるかもしれません。
 人間の脳は、自分で判断をおこなうことが負担で、それを苦痛に感じるという特徴を持っています。これは認知負荷と呼ばれるものです。
 また、「認知的不協和」という現象もあります。人は、自身の中で矛盾する認知を同時に抱えて不快感(葛藤)をおぼえると、その矛盾を解消しようと、都合のいい理屈をつくりだすことが知られています。簡単に言えば、いったん「これは正しい」と思い込んだことが後から「間違っている」と証拠を突きつけられた場合、人間の脳は「言い訳」の理屈を考え出し、何とか間違いを認めずに済むようにしようとするのです。
 何かを信じたら、そのまま信じたことに従い、自分で意思決定しない方が、脳に負担がかからず、ラクなのです。たとえば、宗教を信じている人の方が、そうでない人よりも幸福度が高いというエビデンスもあります。それがイイカゲンな宗教であっても、信じる方が幸せ、という人間の本質そのものは変わりません。
「信じるな」「目を覚ませ」と諭すのが、本当にその人にとって良いことなのかどうかもまた悩ましい問題です。人間の一生は無限に続くわけではなく、私たちはそれぞれに有限の時間しか持っていません。そうした有限な時間を過ごすにあたって、信じてお金や時間を投じてしまった過去の自分を否定させることは、あまりに酷なのではないでしょうか。もし、信じたままの方が幸せなのだとしたら、はたしてどちらが幸せなのか……難しいところです。
 サイコパスは、「信じたい」という、人間の認知のセキュリティホールともいえる弱点を、巧みに突く生存戦略を取っている存在とも言えます。
 ネット社会になって一般人でも強力な検閲手段を持ち、過去の経歴や言説まで遡って検証できるようになったため、普通に考えればウソつきに騙される確率は減りそうな気がします。
 しかし、ネット社会には別の側面もあります。ネットは強力な暴露装置であると同時に、同類の人間を即座に結びつけることができるツールでもあります。どんなトンデモな理屈の持ち主同士、騙されたことを認めたくない信者同士でも、ネットを使えばすぐにつながることができ、クラスター化されてしまいます。そうしたクラスター内では、お互いの存在を確認することによる安心感があり、クラスター外からの声を無視できるため、さらに強固な信者となっていきます。
 サイコパスが指導者として信者たちに対し「自分は被害者で、一部の者が私を貶めようとしている」という陰謀論を主張すれば、一定数は信じ続けてしまう環境が整っているのです。
 いったん信者たちから搾取できる宗教的な構造や、ファンコミュニティをつくってしまえば、外から何を言われようが、完全に崩壊することはまれだといえるでしょう。
(中野信子 2016, pp. 197-199)

 

 

 

 

 

 当該人物のアプローチを簡単に受け入れてしまう人達の深層心理には、本人自身も気付いていない「飲酒欲求」の存在がある。
 「もう何ヶ月も断酒できているのだから一杯だけでもアルコールを飲んでみたい」という潜在的な飲酒欲求が胎動し始めると、人はそれを正当化する理由を探し始めるのだ。
 そこに第三者から「スリップ(断酒挫折)してもしかたがない」と本人に都合のよい情報がもたらされると、情報の真偽も確かめることなく賛同してしまうのである。
 だから当該人物がSNSで誹謗中傷したり、ダイレクトメッセージで囁きかけたりしたことでスリップしてしまった人達は決して少なくないであろう。
 もちろん当該人物は他人の人生がどうなろうと全く意に介さない。中野信子氏はサイコパスが自分の発言の責任をとることはないと言い切っている。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 年齢も大きな要素のひとつです。人間の脳は、齢をとるほど人を疑いにくくなる傾向があるのです。
 人間のドーパミンの分泌量は、中高年になると減っていきます。それによって落ち着きが出てくるという、プラスの面もあります。一方で、前頭葉を使うことで生じる快楽や、自分で意思決定をすることの喜びが得られにくくなるマイナスの面もあるのです。
 他人を疑うことは、認知負荷、つまり脳にかかる負荷が高い行為です。脳の多くの場所を同時に活動させなければならないため、疲れます。ドーパミンの分泌が減ると「労多くして益少なし」という状態になりますから、脳が疲れる行為を積極的には取らなくなる。つまり、面倒くさいことを考えるよりも「長いものには巻かれておけ」という態度になりがちなのです。
 サイコパス女性は「ジジイ殺し」が多く、ある程度の年齢以上の男性をターゲットにすることがよくあります。典型的なものは「後妻業」です。資産家の高齢男性をたぶらかし、生かさず殺さず搾り取り、最終的には遺産をまるまる捕食するわけです。
 もともと女性は自分に近寄ってくる男性を警戒するものですが、男性が自分に近寄ってくる女性を警戒するケースは比較的少ないでしょう。これは性行為によって得られる帰結が違うからです。いざとなれば男性は逃げれば済みますが、女性は妊娠・出産という大仕事を背負うことになるため、深い関係になってからでは逃げることが難しいのです。その非対称性のせいで、男性は楽観的になってしまう──だからこそ、サイコパス女性が後妻業を企図している場合に、簡単に騙されてしまうのです。
(中野信子 2016, pp. 200-201)

 

 

 

 

 

 残念ながら私は「ジジイ転がし」されるほどの財産を持っていないので、何回かのメールのやりとりしているうちに実情を察知した当該人物からの連絡は途絶えた。
 しかし断酒の掲示板の運用が始まると、突然当該人物が掲示板に書き込み始めた。当該人物からの連絡は、実にしばらくぶりであった。
 当該人物はこの掲示板をターゲットを物色するための生けすとして使おうと考えたようである。
 だから、クレーマーになりすまして掲示板に炎上の種を作り、反対に私を助けるフリをして貸しを作り、まんまとコアメンバーと「3年委員会」に潜り込んだのだ。
 その3年委員会の雑談の際に当該人物から聞いた過去の話を繋ぎ合わせると、当該人物が断酒もしていないのにこの世界に居座る意図と目的がはっきりと見えてきた。
 断酒掲示板を利用している人達に警告しておくが、個人情報を掲載していなから大丈夫などと安心してはいけない。
 他の掲示板運営者から聞いた話だが、よくある「お悩み掲示板」等は宗教関係者や詐欺集団がターゲットを物色するための格好の空間になっているようだ。自分から悩み事(心理情報)を世間に公表することは、正に鴨が葱を背負っている状態なのである。
 にもかかわらず、「私の実家は山を持っている」、「うちは◯◯農家をやっているから土地が広い」などと掲示板に書いていた人達は、既に登記簿を現地のエージェントにチェックされているかもしれない。
 私がその危険極まりない断酒掲示板から利用者を救い出したのにもかかわらず、当該人物から調略を受けて再び書き込みを初めている人達もいるようであるが、お気の毒としか言いようがない。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 いずれにしろ、おおよそ100人に1人くらいの割合でサイコパスがいると言えます。
 日本の人口(約1億2700万人)のうち、約120万人はいる計算になります。
 サイコパスは私たちの周囲に紛れ込んでおり、今日もあなたや、あなたの同僚や友人、家族を巻きこんでいるのです。
(中野信子 2016, pp. 6-7)

 

 

 

 

 

 もしあなたが過去に明確な理由が思い当たらないのに学校でいじめられたり、職場で除け者にされたりしたことがあるとすれば、サイコパスが裏で画策していた可能性も疑ってみる必要がある。
 ましてや現在そのような目に遭っているのであればサイコパスについて詳しく知る必要がある。学年に300人いれば3人が、会社に従業員が100人いれば1人はサイコパスがいる確率である。
 あなたやあなたの家族は、私と同じように連日サイコパスと操られた協力者達から誹謗中傷を受けても平気でいられるであろうか。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 では、サイコパスを判断するにはどうすればよいのでしょうか。
 サイコパスの特徴をいくつか挙げてみます。

 ・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシスティックである。
 ・恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。
 ・多くの人が倫理的な理由でためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりすることも平然と行うため、挑戦的で勇気があるように見える。
 ・お世辞がうまい人ころがしで、有力者を味方につけていたり、崇拝者のような取り巻きがいたりする。
 ・常習的にウソをつき、話を盛る。自分をよく見せようと、主張をコロコロと変える。
 ・ビッグマウスだが飽きっぽく、物事を継続したり、最後までやり遂げることは苦手。
 ・傲慢で尊大であり、批判されても折れない、懲りない。
 ・つきあう人間がしばしば変わり、つきあいがなくなった相手のことを悪く言う。
 ・人当たりはよいが、他者に対する共感性そのものが低い。

 すべてに該当しないまでも、これらのうちいくつかに当てはまる人物が、数人は思い浮かぶのではないでしょうか。
 このようにサイコパスは尊大で、自己愛と欺瞞に満ちた対人関係を築き、共感的な感情が欠落し、衝動的で反社会的な存在です。また、無責任な生活スタイルを選択するといった傾向があります。
 「サイコパス=犯罪者」といったレッテル貼りは非常に危険です。しかし、彼らの性質を知らないと、ときには悪意をもったサイコパスに都合よく利用されてしまうおそれがあります。現に多くの人がサイコパス擁護の片棒を無自覚に担いでいるのです。
 サイコパスは口が達者で、おそれを知らず果敢に行動します。そのふるまいは、しばしば非常に魅力的に映るため、本質を知らないままファンになってしまう人も、少なくありません。閉塞感のある社会ではなおさら、その人の行動は世の中に風穴をあけてくれるような、爽快な感じを人々に与え、人気はより高まります。このように、彼らは周囲の人々を強く惹きつける力を持ち、巧みに他者を利用します。
(中野信子 2016, pp. 7-9)

 

 

 

 

 

 人格を判断するには「発言」ではなく「行動」を検証しなければならい。選挙公約と同じである。口では何とでも言えるからだ。
 特に良心のブレーキを持たいないサイコパスは、「まさかそんなウソをつくはずがない」と誰もが思うようなことを真顔で語るから返って疑われにくい。
 当該人物がSNSで感情論に訴える記事に洗脳されて、「誹謗中傷している事実」や「影で悪口や噂話を流している事実」を忘れてはいけない。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 サイコパスというと、本章冒頭で紹介した冷徹で猟奇的な殺人鬼のイメージが強い人も多いでしょう。しかし、必ずしもこうした人間ばかりではありません。
 サイコパスには魅力的で社交的で機知に富む人、生意気で傲慢、感情を逆撫でする人、冷淡で威嚇的な人といった、いくつかのタイプがあります。
 女性サイコパスは男性サイコパスとは違って、か弱さをアピールすることで標的を引き寄せたりもします。
 また、サイコパスの特徴として、初対面の時とある程度関係性を築いた後では態度が変わり、まるで人格が違って見えることがよくあります。
 初見の印象や「サイコパスの性格はこうだろう」という思い込みだけで判別することは、避けたほうがいいでしょう。そのふるまい、行動と合わせて慎重にみていかなくてはなりません。
(中野信子 2016, pp. 35-36)

 

 

 

 

「当該人物がそんなに悪い人だとは思えません」と私にメールをして飲まない会をやめていった人がいたが、当該人物が連日のようにSNSで繰り返えしている誹謗中傷行為をどう感じているのであろう。
 たとえ誹謗中傷であっても自分が正しいと思えば実行しても構わないと家族や職場の上司に説明するのであろうか。
 今更私が言うことでもないが、真偽にかかわらず第三者をネットで誹謗中傷することは反社会的行為である。そのような人物を雇用している企業は従業員による反社会的行為を放置していたとしてコンプライアンスが問われ、企業間の取引停止や不買運動に発展する危険を孕んでいる。
 過去に従業員が店舗のショーケースや冷蔵庫に入って悪ふざけしている画像をSNSで拡散する事件があったが、現場となった店舗は閉店・倒産の憂き目にあっている。
 また親がネットで誹謗中傷していることが学校や職場に知れたら自分の子どもがいじめの対象になる可能性を考えられないのであろうか。反社会的行為は必ずブーメランを伴うのである。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 サイコパスを題材にしたフィクションの影響もあって、サイコパスは「IQが高い」とか「天才」とかいうイメージを持っている人もいるのではないかと思います。
 しかし、サイコパスと一般人のIQの平均は、それほど変わりません。統計的に有意な差が認められないのです。社会性を検査する尺度に注目してカテゴライズすると、むしろサイコパスのIQはやや低めに出ます。サイコパスが総じて優れた知能を持つわけではなく、一般人と同じように、賢い人もいれば頭が悪い人もいる、と考えるとよいでしょう。
 IQが高いと勘違いされがちなのは、社会通念上「普通の人はこういうことをしない」とされている倫理的なハードルを、サイコパスは平気で乗り越えてしまう、というより、ハードルなどもとから存在しないかのように振る舞うからです。
 普通の人は「自分も他人も、普通はルールを守るだろう」という性善説を信じて行動しています。「ウソをついてはいけない」とか、科学者であれば「科学的なプロセスを踏んだ結果しか許されない」といったルールです。
 しかし、そうしたルールを平気で無視し、しかも一抹の罪悪感も抱かず平然としていられる人間に対しては、ウソや不正を見抜くことはなかなか難しい。それゆえ、「サイコパスは頭がいい」と、一般の人々は錯覚してしまうのです。これは、常人と異なるふるまいをする人に特殊な能力を見出したがるという、認知バイアスのひとつといえます。
 ただ、サイコパスのうち、暴力的な傾向と衝動性の低いサブグループに関しては、一般の人々よりも知能が高いことを示唆する研究結果もあります。
(中野信子 2016, pp. 68-71)

 

 

 

 

 

 ターゲットを誹謗中傷することによって周囲に自分はターゲットよりも優れているとアピールしたいのがサイコパスの特徴である。
 そして誹謗中傷しているだけでターゲットと同等かそれ以上の能力があるように錯覚している人達にもつける薬はない。
 しかし、指導者として崇敬しても大丈夫なのであろうか。飲まない会のレギュラーパーソナリティーのようなメルマガを書いて読者に「気づき」を与えられるのであろうか。
 与えられるはずはない。なぜならば当該人物は断酒などしていないのだから。
 一連の誹謗中傷SNSは当該人物がアルコールの影響下にあるためにキレやすい状態であることを自ら暴露してしまっている。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 サイコパスは自分に共感性がないことに、薄々気づいてはいます。そして、他者に共感的なふるまいをまったくしないと自分にとって不利になるということを頭で理解しています。そのため、他の回路を使って対応するのです。
 こうしてサイコパスは人の弱みにつけこみ、コントロールする技術を身につけていきます。
 たとえば、こんなことをする人があなたの周囲にいないでしょうか。
 ──まず、相手に貸しを作る。お金で困っていたらお金を、人脈で困っていたら人脈を提供する。頼まれなくても親切にする。関係の初期段階ではとにかく「この人はいい人だ」「自分を助けてくれて、本当にありがたい」と思わせる。
 ところが、ある程度の信頼関係ができたところで、脈絡なく、あるいは非常に些末なことでキレる。
「あんなによくしてくれた人が怒ったということは、自分は何か悪いことしたのかな?」
 本当は謝る理由はないのに、関係を維持するために謝っておこうかな、という気持ちに相手はなっていきます。
 それを繰り返して、相手が下手に出て来たところで言いがかりや難癖をつけて「あんなによくしてあげたのに、どういうこと?」などと怒る。普通の人は、恩のある人物から嫌われたくないので、自分が悪いわけではないと思っていても、たいていは謝罪します。
 するとまた態度を豹変させ、謝罪を受け入れるのです。そして「そうやって素直に謝ることができるのは、あなただけですよ」などと、相手の自尊心をくすぐるような持ち上げ方をする。
 こうしてアメとムチを繰り返し、被害者側の怒られたくない、嫌われたくないという罰を回避する気持ち、誉められたい、またいい思いをしたいという欲望を巧妙に刺激して、借りがある人には何かお返ししなければならないという「好意の返報性」を悪用することで、上下関係を完成させてゆく──。
(中野信子 2016, pp. 50-51)

 

 

 

 

 

 正に当該人物が私を信用させるために使ったのが上記に示されている「好意の返報性」という方法である。
 自ら掲示板に炎上の種を書き込み、その後で私に「不審な書き込みがありますよ」と報告し、協力するフリをして貸しを作り信用させてしまう。
 現在誹謗中傷の協力者になっている人達も当時の私と同様に「いい情報を教えてくれた」と当該人物に感謝しているはずである。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

「痛み」に対する感度が鈍いとはいえ、サイコパスも悩み、苦しむことは当然あります。
 彼らの悩みとは、いったいどんなものでしょうか。
 中国の武漢大学の研究チームが2015年に発表した研究論文によれば、サイコパスの一番の悩みは孤独感が強いことだそうです。彼らは、なかなか他者との信頼関係を築きにくい面があります。信頼関係を築けたと思っても、人の痛みがわからず、サイコパス特有のふるまいが一般人の感覚からは外れたものに見えるせいで、一時的な関係性で終わってしまいます。
 自分の周囲から、人が離れていってしまうことが繰り返されると、徐々に「人間関係は短期的に終わるものだ」ということを想定して行動するようになり、ますます破綻を招く──そうして孤独感を募らせていくようです。誰も自分のことを理解してくれない、と。
 他人に共感できない人間なのだということが周囲に知られたら「あいつは危険だ」と思われ、ますます孤立を招きかねません。カミングアウトするのも難しいのでしょう。
(中野信子 2016, pp. 58-59)

 

 

 

 

 

 サイコパスの弱点の一つは孤独感である。ブログを書いても誰からも反応がないと強い孤独感を感じるようである。だからなりすましアカウントで別のブログを作り、あたかも盛り上がっているような一人芝居を演じ続けている。
 いくら別人になりすましても頭の中の価値観が同じだから筆が似てくる。初めて読む人には気づかれなくても、いつも見ている人達にはバレバレで苦笑されている。バレていることに気づかないのもサイコパスの特徴である。
 それにしても、なぜそのような面倒な事が続けられるのかが不思議であったが、中野信子氏の指摘で謎が解けた。
 飲食店などを外側から見た場合、誰も客がいないと警戒して入りづらい雰囲気があるが1人でも客がいれば安心して入りやすくなる。孤独感の強い人はこの点が強いコンプレックスとなるようである。これがブログで一人芝居を演じ続ける理由である。つまり、早く誰かにかまってもらいたいのである。
 当該人物は、メルマガのレギュラーパーソナリティーになれなかったときはひどく落胆したようであった。
 しかし、現在のレギュラーパーソナリティーのメルマガの文章と当該人物の罵詈雑言の文章を比べて頂きたい。
 とても当該人物にメルマガの執筆を担当させられるはずはない。批判は上手くても断酒の指導者としての責任感が微塵も感じられない。読み取れるのは孤独に対する強い恐怖心だけだ。
 当該人物がレギュラーパーソナリティーとしての文章を書く素質を持ち合わせていないので外されたというのが事実である。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 口がうまく、主張や態度をコロコロと変え、自己中心的で支配欲が強く、おのれの過失の責任は100%他人にあるような物言いをし、誇大妄想に取り憑かれているように見える。この人はいったい何をやりたいんだろう、何が楽しくて生きているのだろう、というふうに疑問を感じさせる著名な政治家や実業家が、誰にも幾人か思い浮かぶのではないでしょうか。
 しかし、彼らには周囲の人間が敵に見えており、それゆえ今ある世界を壊さずにはいられない。自分が破壊した結果を前にしても、とくに何とも思わない。あらゆる対象への愛情や愛着が欠如しているから、仕事に対する責任感が芽生えることもない。今の仕事への満足感が低く、次から次へと関心を移し、付き合う人間も取り替えていく。
 サイコパスは、慢性的な退屈にあえいでいると言われています。飽きっぽく、すぐに興味の対象が変わる。その様子は、まるで子どものようです。
 ハーバード・メディカル・スクールの心理セラピスト、マーサ・スタウトの言葉を借りれば、サイコパスはほかの人間と絆を結べないだけでなく、自分自身との関係も希薄なのだということになるでしょう。
(中野信子 2016, pp. 60-61)

 

 

 

 

 

 今回、ネットで誹謗中傷を受けるという現実に直面したことがきっかけとなって様々な文献を調べていくうちに、意外にもサイコパスは身近に存在していることを知った。
 完全に断酒してアルコールの影響から開放されると、自分にまとわりついていた様々な問題もやがて蒸発して消えていくが、サイコパスの存在を知ることは多くの人達が人間関係の問題から開放されるきっけとなるかもしれない。
 いや、実はそれ自体は初めから問題ではなくて、ただ相手がサイコパスだったからという理由に帰結する場合だってあるだろう。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 通常、人間は幼少期から、人のものを盗んだり、ウソをついたり、人に責任をなすりつけたり、誰かを傷つけたりすると罰を受けるということを学習し、罰を避けるようになります。「やってはいけないこと」を学び、大人になると、そういうことをしなくなります。あまりにも社会的なふるまいの学習ができない人は、集団から排除されていくからです。
 しかし、学習しない──というより、右の3つの理由(p.82)のいずれかのため、罰を罰と思えない人がいます。それがサイコパスです。 彼らは「罰に懲りる」ことがありません。彼らは「勝ちパターン」というルールは学習できても、「倫理・道徳」というルールがそもそも学習できません。
 正常な人たちは「これがもっとも合理的なやり方だ」という選択肢があったとしても、「人間としてやってはいけないものだ」「これをやってしまうと、いずれ罰を受ける」と感じれば、ストレートに行うことはありません。良心がブレーキとして働くわけです。
 サイコパスにはそれがないから、冷徹に合理的な手法を取る。それが「ルールハック」に見えるのです。
 さらに興味深いことには、彼らはそうした自分の特徴にどこかの時点で気づくようです。「自分はどうあがいても普通の人と違うんだ」と。そしてそれを隠そうとし、わかっているふりをするために、よりウソがうまくなるという側面もあるようです。
 ロバート・ヘアは「サイコパスも良心の呵責や罪悪感を口にすることがある」と言います。しかしそれは実際に心が痛んでいるからではありません。他人から責められたときに「自分が悪いと感じているように見せる」ことが有効な処世術だと理解しているからです。
(中野信子 2016, pp. 83-84)

 

 

 

 

 

 サイコパスは自分に良心が無いことに人生のどこかで気づく。同時に良心が無いことを気づかれると社会から排除されてしまうこともうすうす感じ始める。だから良心があるようにウソをつく。これがサイコパスがウソをつくきっかけとなる。
 一般の人々は、良心があるので平気でウソをつく人がいるかもしれないなどとは警戒していない。だからサイコパスは簡単に人を騙せてしまう。
 しかし、人々の中には話の矛盾点を指摘してくるようなサイコパスにとってやっかいな相手もいる。
 サイコパスにとって私のように文章の行間を読んだり、話や行動の辻褄を追求するような人物は敵である。しかも一旦洗脳して操れたのにもかかわらず、途中で見破られたという経験は悔しさとなって残る。
 だから当該人物は、今後も私に対して誹謗中傷を続けるだろう。なぜならサイコパスは先天的な要因であり、いかなる治療によっても矯正することは不可能だからだ。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 サイコパスは最近になって急に現れてきた存在ではありません。
「サイコパス」という名称がなかっただけで、昔からそれにあたる人たちはいたのです。
 ハーバード大学の人類学者ジェーン・マーフィーによれば、アラスカ北西部の少数民族ユピック(いわゆるイヌイット)には、サイコパスに該当するような人物を指す言葉「kunlangeta」が昔からあります。
 これは「何をすべきかわかっていながら、それをしない」=「くりかえしウソをついたり、騙したり、盗んだりする男」を意味します。
 500人に1人の割合でいると言われるkunlangetaは、狩りに行かず、他の男たちが村を出ると多くの女たちにセックスを強要します。それを非難されても意に介しません。彼らはたびたび長老の前へ連れて行かれ、罰を与えられます。
 しかし、kunlangetaがおこないを改めることはありません。最終的にkunlangetaはどうなるのかというと、集落の誰かが氷の海に突き落として殺してしまうのだそうです。
 マーフィーはまた、アフリカ(現在のナイジェリア)に居住する民族集団ヨルバ人にも「arankan」という、やはりサイコパスのような人物をあらわす言葉があることも紹介しています。arankanは、つねに他人のことなど考慮せずに好きにふるまい、協力的ではなく、悪意に満ち、強情な人間のことを指します。
 kunlangetaもarankanも、その集団の中では「先天的なもので、治るものではない」と考えられています。生まれつき特異な気質をもっているがゆえに、社会に適応できない存在なのだとみなされていたようです。
 集団に迷惑をかけ、罪を犯しても反省をしないような人間が一定数出てくると、秩序が保てなくなります。「誰も見ていないときに突き落として殺す」のか、収監するのかなど、方法は共同体によって異なりますが、負け組サイコパスはそのようにして排除されてきました。
(中野信子 2016, pp. 111-112)

 

 

 

 

 

 まるで小説や映画の世界の中だけの話のように考えていたサイコパスは私達の身近にも必ず存在している。職場にも、学校にも、もしかしたら家族の中にも100人に1人りの確率で存在していると精神医学で解明されてるのである。
 もし、あなたも誹謗中傷やいじめを受けるような覚えがないのに、執拗に攻撃してくる上司・同僚・親(義理)・パートナー・同級生・ママ友などがいたらじっくりと観察してみるとよいだろう。
 相手がサイコパスとわかれば、第三者に相談することも今後の対策を考えることもできる。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 クレックレーは1930年代の終わり頃、精神医療施設に勤務していました。当時は犯罪者でも一般患者でも、精神疾患らしき症状がある人はすべて精神医療施設に送り込まれています。
 患者を観察する機会を得たクレックレーは、特異な患者たちの存在に気づきます。妄想や思考の混乱、過度の心配性や神経質といった症状が見られず、たいていの状況下では正常な人間に見えます。しかし観察を続けると、彼らは正常な理性を持つように見えるのに、他人の気持ちを理解したり、思いやったりすることが一切ない。他人を傷つけても後悔も反省もしないし、過去の経験から他人の気持ちを学ぶこともできない。さらには、人生の目標や計画を持っていないように見える。些細なことにもウソをつく。ボロが出るまでは誠実な人間に映る……そうした特徴があることを発見しました。
 しかも、彼らは他の入院患者や家族、ひいては病院の職員にいたるまで魅了し、操り、利用していました。まさに現代でいうサイコパスです。
(中野信子 2016, pp. 119-120)

 

 

 

 

 

 サイコパスは「私もあなたと同じ◯◯◯◯だったんです」と相手を安心させながら近づいてくる。
 掲示板やブログに「私はアダルトチルドレンです」とか「私の父親はアルコール依存症でした」とか「私は夫からDVを受けていました」などと心理情報を書いていた人達は、そのまま揃って当該人物の信者となっている。当該人物が最初にターゲットにしていた人達である。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

 女性のサイコパスは「弱い女」「涙を流す女」を攻撃できないという社会通念を利用し、批判する人間がまるで極悪人のように見えるアングルを演出することに長けています。
 サイコパスの先駆的研究で知られる精神科医ハーヴェイ・クレックレーは、サイコパスが自殺するほど落ち込むことはほとんどないが、「自殺する」などと口先だけの脅しをし、巧妙に演技することはある、としています。のちの調査でも、サイコパスが自分自身を攻撃する(ないし「自傷癖がある」「自殺未遂をしたことがある」と申告する)ことはあっても、それによって死に至ることは極めて稀なことがわかっています。
「あなたが助けてくれなかったら、もう死ぬしかない」と大袈裟なことを言ったり、手首を切ってみせるような女性には、警戒が必要かもしれません。
 なお、女性のサイコパスが少ない理由について、ロバート・ヘアとポール・バビアクは以下のように推測しています。精神科医は、自己中心性、利己性、無責任さ、人を騙すといった特徴が見られる人間に対して、男性であれば「サイコパス」と診断するが、女性の場合には「演劇性パーソナリティ障害」や「自己愛性パーソナリティ障害」「境界性パーソナリティ障害」など、異なった診断を下してしまっているのではないか。また、「サイコパスはタフで支配的で攻撃的だ」「女性はそういう存在ではない」という先入観が、女性のサイコパスを見落とさせるのだ、とも指摘しています。
 また、男性と女性で暴力を振るう場所、本性を見せる場所が違うところにも原因がありそうです。
 ヴァージニア大学の心理学教授J・モナハン、P・ロビンズ、E・シルバーが2003年に発表したところによると、女性も男性も、精神科患者が施設に収容された後に見せる暴力の比率は似通っていました。しかし男性に比べて女性は、家庭において、家族に対して暴力的である傾向があり、負わせる傷は軽く、また、暴力をふるった後に逮捕されることが少ないのです。
 アメリカ国立衛生研究所の研究者ライズ・ゴールドスタインらの1996年の研究では、反社会性パーソナリティ障害の女性は、同じ障害をもつ男性よりも、親としてより無責任であり、売買春を行い、セックス・パートナーや子どもに対して暴力を振るったことがあったことがわかっています。おそらくサイコパス女性は男性よりも家庭、家族、あるいは恋人などプライベートな領域で周囲に危害をくわえることが多く、それゆえに見つかりにくい(告発、通報されにくい)のでしょう。
 中身は男性サイコパスと変わらないのに、表向きは反省の素振りを見せ、自分がした行動、しがちな行動を改善したいと思っているように見せかけるのが巧みなために、女性サイコパスは目立たない、という可能性もあります。
 アラバマ大学の心理学者ランドール・セールキンが1997年に女性犯罪者を対象に行った調査では、サイコパス女性は、自己申告においては、治療を拒否する度合いが男性よりも少なかったそうです。
 ただし実際に治療に対して従順かといえば、女性サイコパスもやはり不服従であったり、出席率が低かったりしたことが、ワシントン大学のH・J・リチャードらの2003年の 論文で記されています。見るからに反抗的な態度をとるのではなく、表面的には取り繕い、前向きな姿勢を見せながら、実質は自分の好き勝手にふるまうというのは、女性のほうがうまいわけです。
(中野信子 2016, pp. 194-197)

 

 

 

 

 

 当該人物と私とはかつて、現在当該人物の信者になっている人達と同じ様にきわめて関係は良好であった。それは私が当該人物に洗脳されて操られていたことに気付いていなかったからである。
 しかし、私が当該人物の正体を知って遠ざけるようになった途端に当該人物から極悪人であるかのような噂を流され、SNSで誹謗中傷されている。
 つまり、当該人物は自分の正体が暴かれるのを非常にに恐れている。それが誹謗中傷という行為になって表面化しているのである。
 まさか、「酒をやめたいのにやめられなくて困っている人達」を救おうとして活動している私を騙そうとする輩がいるとは夢にも想像していなかった。全くの不覚である。
 次回の更新では他の文献の具体例と照らし合わせて当該人物の正体に迫ってみたいと思う。

2020年8月21日更新

 

 

 

 

◎更新履歴
この特集記事は全8回の予定で順次更新していきます。

はじめに
1. 他人を攻撃せずにはいられない人(2020年8月14日更新)
2. サイコパス(2020年8月21日更新)
3. 良心をもたない人たち(2020年10月6日更新)New!

 

 

 

参考文献「サイコパス」 文春新書 2016年11月20日発行
著者紹介
中野信子[なかののぶこ]
脳科学者。東日本国際大学特任教授、横浜市立大学客員准教授。1975年生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『脳内麻薬人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体」(幻冬舎新書)、『脳はどこまでコントロールできるか?」(ベスト新書)、『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克」(中野剛志、適菜収との共著・文春新書)ほか。

 

 

 

 

 

なぜ誹謗中傷されているのか

ネットで誹謗中傷されている件について

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なぜ誹謗中傷されているのか

1. 他人を攻撃せずにはいられない人

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なぜ誹謗中傷されているのか

2. サイコパス

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なぜ誹謗中傷されているのか

3. 良心をもたない人たち

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アルコール依存症じゃないけど、酒をやめたい!