なぜ誹謗中傷されているのか

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特集記事

1. 他人を攻撃せずにはいられない人

世の中には他人を攻撃せずにはいられない人がいる

 現時点において確実に第三者に示せることは当該人物が様々なSNSを使って毎日のようにヒース・レイカー(以下私という)を攻撃しているという事実である。この事実は当該人物本人も否定しないであろう。また当該人物に協力している人達や当該人物からSNSによって当該人物に協力するようにアプローチされている人達にとっても周知の事実である。まずは「他人を攻撃する」という行為はいかなる理由によって行動に移されるのかを考察していきたいと思う。
「他人を攻撃する」という漠然とした概念を精神科医片山珠美氏は臨床研究をまとめた「他人を攻撃せずにはいられない人」という著書の中で人格破壊行為として具体例を上げて浮き彫りにしている。

2020年8月14日更新

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 攻撃欲の強い人というのは、暴力を振るったり、面と向かって暴言を吐いたりと、怒りや敵意をむき出しにする人ばかりではない。中にはこそこそと陰湿に相手を痛めつけることで、自らの攻撃欲を満たそうとする人たちもいる。そのほうが、精神的に与えるダメージが大きいからだ。そのやり方は実に巧妙に計算されている。ゆえに、周りからはその攻撃性が見えにくい。攻撃されている当事者ですら、自分がターゲットであることに気づいていない場合もある。
 攻撃欲の強い人から身を守るには、まず彼らを知ることから始まる。彼らにはどんな特徴があるのか、この章(=第1章)で見ていきたい。
(片田珠美 2014, p. 14)

 

 

 

 

 

 世の中は善良な人達ばかりがお互いに助け合って生きていると信じたいという方は落胆するかもしれないが、残念ながら私達のまわりには他人を攻撃して相手を支配したいという願望を持った人達が必ずいる。職場・学校・地域コミュニティ・ママ友グループなどにおいて自分が攻撃の対象になったり、あるいは誰かが攻撃されたりしている現場を目撃した経験のある方もいるだろう。
 そのような自体に遭遇した経験のある人は、いつか自分が攻撃のターゲットにされるのではないかと恐れてしまう。人間社会というコミュニティの中で生活している以上、この不安は一生拭い去れないのだ。攻撃欲の強い人は相手が秘めている不安を操って支配いしようとするのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎幸せを破壊したい人たち

 攻撃欲の強い人が欲しているのは、破壊である。他の誰かがうまくいっているのが許せない。それゆえ、他人の幸福や成功に耐えられず、強い怒りや敵意に突き動かされて、とにかく壊そうとする。
 そこに利害がからんでいる場合もある。自分自身の願望や利益しか頭にない彼らは、自分が望むものを手に入れるうえでの邪魔者に対して、攻撃の刃を向ける。たとえば、あるポストに自分が就くために、ライバルを陰で中傷したり、足を引っ張ったりして、け落とそうとするような場合が典型例だろう。自分の行動がどれだけ混乱を巻き起こしたり、迷惑をかけたりするか、などということには決して目を向けようとしないわけである。
 このようなエゴイストはなるべくなら近くにいてほしくないものだが、意図がわかりやすいため、実は対処もしやすい。厄介なのは、自分の利益がからんでいるわけでもないのに、あなたを打ちのめし、あなたがやっていることを台なしにし、ときには、あなたの人格そのものまで破壊しようとするようなタイプである。
 しかも彼らは、悪意を隠して攻撃する。もしくは自分自身の悪意に気づいておらず、無自覚のまま、非常に残酷なことをやってのける場合もある。しばしば、「あなたのためを思って」とか、「こういう理由があってやっているんだよ」とかいった言い方で接してくるが、その善良で優しそうな仮面の下に何らかの悪意を隠し持っている。
(片田珠美 2014, pp. 14-15)

 

 

 

 

 

 次回以降の更新で詳細を明らかにするが、当該人物は私を操って「飲まない会を」支配しようとしていた。私がその事実に気がつくまで私は当該人物に洗脳されていたと言っても過言ではない。当該人物から聞かされた悲惨な生い立ちを疑うこともしなかった私は、「可愛そうな人が悪い人であるはずがない」と同情してしまった。まさかあのようにおぞましい攻撃的なブログを書くような人物だとは想像もしていなかったのである。正に私は当該人物にとって“鴨”だったわけである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎被害者面が得意

 相手に罪悪感を抱かせるうえで何よりも有効なのは、自分が被害者のふりをすることである。そうすれば、自分の責任は全て否認できるのだから。そのため、何か具合の悪いことがあっても、悪いのは常に他の誰かであり、自分はあくまでも被害者なのだという印象を周囲に与えようとする。
 ターゲットにされやすいのが、誰かが困っているとすぐに同情して、助けてあげたい、慰めてあげたい、守ってあげたいなどと思うような人なのは、決して偶然ではない。こんなふうに優しい人は、少しでも責められると、悪いのは自分なのかと罪悪感を抱きやすいので、攻撃対象としては打ってつけなのである。
 そのうえ、攻撃欲の強い人は逃げるのもうまい。もし、あなたが、「私が一体何をしたというのだろう? なぜ私がこんなに責められなければならないのだろう?」と疑問を感じて、質問しても、巧妙に話をそらせたり、論点をすり替えたりする。ときには、別のことであなたを攻撃して、あなたの心の中にさらなる混乱の種をまくかもしれない。
 だいたい、質問にはちゃんと答えず、はぐらかす達人である。そのため、あなたが、自分には落ち度がないのに責められることが納得できず問いかけても、のれんに腕押しだ。あなたは、痕跡を残さずに殴られ続けているような気になるかもしれない。
 要するに、攻撃していることを隠蔽しながら攻撃するのが常套手段である。もし、わかりやすいやり方で直接攻撃するようなことをすれば、反撃されるかもしれない。説明を求められるかもしれない。場合によっては、相手が防御したり、逃げ道を見つけたりするかもしれない。そうさせないために、自分は責めているわけでも、攻撃しているわけでもないと否認しながら、ターゲットを身動きできない状態に追い込んでいくわけである。
(片田珠美 2014, pp. 40-41)

 

 

 

 

 

 2019年の正月頃からメルマガ読者達が利用していた掲示板で炎上が起きると「大丈夫ですか?」と当該人物から私宛にメールが届くようなった。メルマガの内容や断酒そのものを揶揄するような書き込みに手を焼いていた私は、心配してメールしてくれる当該人物に感謝するとともに、不審な書き込みがあったら炎上する前に知らせてくれるように協力をお願いした。しかしこれが大きな間違いの始まりであった。なりすましアカウントを作って炎上の書き込みをしていたのが、実は当該人物だとは全く気付いていなかったからである。

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 前の章(=第1章)でも述べたように、利害関係がはっきりしている場合は、まだわかりやすく、対処のしようもあるのだが、必ずしもそうとは限らない。ただあなたを壊したいという理由だけで、あなたを打ちのめし、あなたがやっていることを台なしにし、あなたの人格までも打ち砕こうとするような人間がいるのである。
 こういう人は、あなたを傷つけたいという欲望だけでなく、それを隠すための術も持ち合わせていることが多い。そのため、全然警戒せずにいると、やすやすとつけ込まれ、操作されてしまうようなことになりかねない。
 というのも、それとわかるような特徴が顔にはっきりと表れているわけではないからである。むろ、善良で優しそうな仮面をかぶりながら、あなたを破壊しようとするので、要注意である。 たとえば、前の章で紹介したように、親切そうな顔で協力者や理解者を装いながら、実はあなたの地位をねらっている後輩が職場にいることもある。あるいは、あなたの有能さが自分の出世の邪魔になるとか、ねたましいとかいう理由で、あなたの能力を否定しようとする同僚や上司だって、いるかもしれない。
 家庭にも、バリバリ稼ぐ妻への嫉妬から、妻の仕事をけなし、ネチネチと嫌みを言うような夫がいる。わが子が自立して自分から離れていくのを妨げるために、どんな仕事を見つけてきても、「そんなしょうもない仕事」と見下して評価せず、かなりの額の小遣いを与えて、ニートのままにしておくような親もいるのである。
 いずれにせよ、本人は明確に自覚していないかもしれないが、結局は相手を破壊することになる。あなたが破壊されないようにするためには、まず何よりも気づくことが必要なので、一体どんなふうにして壊していくのか、実例を紹介しながら解説することにしよう。
(片田珠美 2014, pp. 50-51)

 

 

 

 

 

 メルマガの読者が利用していた掲示板に「炎上の種」となるような書き込みがあると、「何もそこまで断酒を厳しくやらなくてもいいんじゃないか」という「機会飲酒賛成派」の人達が加勢に入って炎上が始まる。なりすまして炎上させていた当該人物は、まるで放火魔のように燃え上がる炎を見て面白がっていたのであろう。そして何食わぬ顔で掲示板を監視するための「コアメンバー会議」に出席していたのである。
 コアメンバー会議とは、この掲示板の炎上を未然に防止し、炎上した場合においても協力して火消しに当たってもらうために私が招集した組織である。メンバーの大半は後の飲まない会正規会員である。しかし当該人物は自分以外のメンバーまで招集されたのが気に食わなかったようである。会議によって方向性を決める合議制になると、私一人を洗脳して操っても当該人物の思い通りになるとは限らないからである。当該人物はその後何度もコアメンバー会議の分断工作を図っている。よって、現在残っているのは3人だけである。

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◎もめ事や不和

 こういう人は、自分が優位に立ちながら支配欲を満足させられるように、周囲を仲たがいさせて、お互いに離反させようとする。嫉妬、怒り、恨みつらみなどをかき立てるのがうまいので、周囲にもめ事や不和が絶えないのは、当然の帰結とも言えよう。
 しかも、きわめて巧妙に波風を立てるので、もめ事や不和を引き起こしている真犯人が一体誰なのか、周囲が気づくのに時間がかかる。最後まで気づかないことさえある。たとえ、気づいたとしても、周囲がすでに反目し合っている場合には、もめ事や不和の元凶に対して、団結して立ち向かうというような展開にはなりにくい。そのため、種をまいた張本人は、結局、支配欲を満たすことができるわけである。
(中略)
 なぜ、こんなことをするのか? 単に、あなたより自分のほうが優れていることを思い知らせて、優越感に浸りたいからである。こういう人は、他人に無力感を味わわせ、沈滞ムードを漂わせれば、自分の力と優越性を誇示できるので、周囲を支配することができたような気になるのである。
(片田珠美 2014, pp. 64-66)

 

 

 

 

 同じ場所に集まるのが面倒な会議でも、現在はSkypeやZoomといった便利なネットインフラがある。当該人物の目的・意図を知らなかった私は当該人物をすっかり信用していたので、コアメンバーの定期会議以外にも「3年委員会」を創設して当該人物とのミーティングの回数を増やした。約半年の期間であった。
 しかし、ミーティングの度に当該人物の話に矛盾を感じるようになった。矛盾点を指摘すると当該人部は何時間でも言い訳をした。そんなやりとりばかりになって、私の中にだんだんと矛盾の点と点が繋がっていったのである。
 2019年7月頃、私は当該人物に騙されて操られていたことに気づいた。掲示板の炎上から当該人物の断酒まで、何から何まで騙されていた。すっかり洗脳されていたのである。当該人物は明らかに目的と意図を持って私を騙していた。それを私に公表されることを恐れている。だからアメブロ・Facebook・Twitterなどに複数のアカウントを作って幾人にもなりすまし、必死に私の誹謗中傷をくり返しているのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎彼らが使う7つの武器

 すでに述べているように、攻撃欲のある人はこっそりと忍び寄ってくるので、気づくのに時間がかかる。たとえ、あなたが気づいて指摘しても、向こうはあくまでも否認するだろうし、自分は被害者面をして、あなたを加害者に仕立て上げようとするかもしれない。また、巧みな脅し文句で、反論も反撃もできないようにすることだってあるだろう。
 そこで、彼らが破壊するために一体どんな手法を使うのかを知っておく必要がある。だいたい、次の7つである。

1. わからないふり
 あなたが向こうの攻撃欲に気づいて、とがめても、なぜ自分が責められるのか全然わからないというふうに驚き、当惑したふりをするだろう。「わかりません」としらを切り、理由を説明するようあなたに要求するかもしれない。
 あるいは、自分のやったことを釈明して正当化するために、他の人を証人として引っ張り出してくるかもしれない。いずれにせよ、非難しているあなたのほうが、「善良で優しい」相手を理由もなく攻撃している非常識な奴として、周囲から白い目で見られることにもなりかねないのである。

2. 他人のせいにする。
 ゆがんだ攻撃の達人なので、万一自分の攻撃欲を見破られても、自分にとって都合の悪いことは巧妙に押し隠して、全てを他人のせいにしようとする。
 なぜ、そんなことができるのか? 弱い人や迷っている人を操作するのが得意なので、それまでに自分が聞きたいような言葉を相手に言わせていることが多いからである。
 たとえば、頼まれると断われない弱い立場の相手に、仕事や責任を押しつけるような場合が典型である。万一問題が起こって、抗議されても、「あなた自身がやると言ったはず。そう言って引き受けたあなた自身の責任」というふうに逃げるわけである。

3. 非難に動じない
 当然、非難されても動じず、逆に、非難している相手を責める。のれんに腕押しで、非難してもムダと、相手があきらめの境地に入るのをじっと待つわけである。

4. 疲弊させる
 あなたが何をやっても、何を言っても、効果がないのだと思い知らせるために、向こうは決して動じない。あなたが疲弊してあきらめるのを待っているからである。
 この特徴を把握しておかないと、大変なことになる。向こうが見たくないものを眼前に示したり、向こうが聞きたくない言葉を口にしたりしても、あなたの努力は全て徒労に終わり、ぐったりと疲れ果てることになる。
 何しろ、自己愛が強く、自分より価値のある人間や自分以上にちゃんと考えている人間の存在を認めようとしないのだから。

5. 他人の価値を無視
 攻撃欲の強い人は、自分以外の人間には何の価値もないと思っている場合が多く、それを相手に思い知らせるために何でもする。やる気をなくさせたり、へこませたりして、価値があるのは自分のほうだということを見せつけようとするわけである。
 しかも、自分とは異なる意見を決して受け入れようとせず、そういうことを主張する相手に対しては、非常に敵対的になる。これは、自分の考え方こそが正しく、価値があると思い込んでいるからである。
 それを変えさせようとしても、あなたの努力は全て個人的な攻撃と受け止められて、あなたを打ちのめそうとする情熱がますます燃えさかるだけである。

6. ズレ
 さまざまなズレも向こうの有力な武器になる。言葉と真意とのズレにせよ、口で言っていることとやっていることとのズレにせよ、大きければ大きいほど、相手を混乱させることになるからである。
 たとえば、この章で紹介した、毎日夫から体型のことで責められているという女性は、「夫は、私のことを愛していると毎日言っているのに、いつも人前で私をバカにしたり、笑いものにしたりするんです。一体私はどうしたらいいのでしょうか」と訴えた。
 また、別の女性は、ある女友達について「いつも、『あなたのためよ』と言います。でも、彼女が私に勧めていることが私のためになるとは、どうしても思えないんです」と語った。ちなみに、この女友達は、2度の離婚歴があるからか、周囲の女性に離婚を勧めているということである。

7. 罪悪感をかき立てる
 罪悪感をかき立てるのも、常套手段である。相手に「私のせいだ。私が何か悪いことをしたからにちがいない」という罪悪感を抱かせるよう巧妙に仕向ける。そうすれば、他人のせいにすることができるうえに、自分自身の攻撃欲を隠蔽することもできるのだから、一石二鳥である。
(片田珠美 2014, pp. 68-71)

 

 

 

 

 

 今回当該人物からアプローチを受けてメルマガの購読を中止したり、飲まない会を離脱していった人達は、ある意味で被害者である。当該人物といっしょになって私を誹謗中傷している人達もいる。自分の子どもが誰かのいじめに加担していたらやめさせなければならない立場の大人であるにもかかわらず。
 しかし、私でさえも当該人物に洗脳されていたことに気づくまで半年かかったのだから、まだ断酒して1年余りの人達が自分から洗脳を解くとことは難しいと言わざるを得ない。当該人物が話すことは何でも信じてしまい、決して疑うことはしないだろう。心を支配されて操られているとも知らずに過去の私のように当該人物の目的に協力してしまっているのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

 一方、攻撃欲の強い人は、前の章でも述べたように、もめ事や不和を周囲に巻き起こす達人である。したがって、おとなしい人が、波風を立てないようにしようといくら努力しても、次から次へと問題が生じてくる。その結果、疲れ果て、エネルギーが枯渇していき、攻撃欲の強い人の思うままに操られる羽目になりやすい。
(片田珠美 2014, pp. 92-93)

 

 

 

 

 

 当該人物がなぜ私を操ろうとしたのか、その目的と意図は詳細になるので、次回以降の更新で説明させて頂くことにする。
 「3年委員会」が機能していた半年間の間には雑談になる場面も多々あった。当該人物に歪んだ目的や意図があることを全く予期していなかった私は聞かれれば何でも正直に答えていた。
 目的や意図のために会話の内容は後で利用することができるから、私の知らない間にキャプチャーを取ったり会話を録音していた可能性もあるだろう。目的にそって加工したデータを第三者に「エビデンス」だとして示せば、よほどの慎重さを持ち合わせていなければ信じてしまうはずである。
 言っていないことが言っていたことになり、言ったことを歪めて伝えるのは、私が当該人物から受けた半年間の印象である。当該人物が私にメールしてきた写真などはツッコミどころ満載のものばかりだった。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎羨望に突き動かされて

 ターゲットを孤立させるのも、攻撃欲の強い人の常套手段である。
 従事している仕事や活動をけなしたり、せっかく築いた人間関係にけちをつけたりして、徐々に他の人とのつながりを断ち切るように仕向けていく。そのために脅すこともあれば、いさかいの種をまくこともあるが、いずれにせよ、周囲との関係に亀裂を入れようとする。
 これは、ターゲットが他の人との交流によって考え方を変えたり、支えてもらったりするようになるのを防ぐためである。そんなことになれば、影響力を行使しにくくなるので、シャットアウトするわけである。
 というのも、攻撃欲の強い人は、自分がその場を支配できないとか、影響力を行使できないという状況に直面すると、強い不安にさいなまれるからである。そこで、そういう事態を極力避けるために、自分の思い通りに操作できるよう策を弄することになる。
 ターゲットの家族、友人、同僚、さらには仕事や趣味にまでけちをつける。ターゲットが好意的な判断を下しているものでも、批判したり、けなしたりして、締め出そうとする。「あんな親だと、うまくいかないのは全て親のせいにできるよね」「なぜ、あなたがあんなことに貴重な時間を使うのか、わからない」といった言い方で、ターゲットが周囲の人々に対して疑惑や不信感を抱くように仕向けるのである。
 このように孤立させようとするのは、自分のあずかり知らぬところで、ターゲットが能力を発揮したり楽しみを見出したりすることに耐えられないからでもある。第1章でも指摘したように、攻撃欲の強い人は、他人の幸福が我慢できない怒り、つまり羨望に突き動かされていることが非常に多い。しかも、ラ・ロシュフコーが言っているように、「ねたみは、憎しみよりも、やわらぎにくい」。
 いさかいの種をまくのも、この羨望ゆえである。自分以外の人が仲良くすることに耐えられないので、ちょっとした悪口や中傷をあちこちで振りまいて、あとは成り行きに任せておく。その結果、周囲がお互いに孤立して、仲たがいするようになれば、「分裂させて支配する」という権力者の金言を見事に実行したことになる。
 こういう人が集団の中に一人でもいると、みんなイライラして、小さな派閥に分かれるようになる。その結果、何となく不安な雰囲気が漂い、他の派閥の悪口を言ったり、一杯食わせたりすることで鬱憤を晴らすしかなくなる。その一方で、このような仲たがいの種をまき、混乱の原因を作った張本人は、素知らぬ顔で眺めながら、ほくそ笑んでいることも少なくないのである。
(片田珠美 2014, pp. 120-122)

 

 

 

 

 

 今回私が遭遇したような例は決して特別ではない。攻撃欲の強い人達は欧米では人口の4%、日本国内では1%存在することが精神医学の研究で明らかにされている。(この臨床研究の論文については次回以降の更新で詳細に述べる)
 つまり学年に300人の生徒がいれば3人、会社に100人の従業員(経営者含む)がいれば1人は当該人物のように他人を攻撃せずにはいられない人がいるのである。これが学校から国会までいじめが無くならない根本的な原因である。
 あなたもこれまでに学校や職場などで自分には何の非もないはずなのに他人から攻撃された経験はないだろうか。もしあるとしたら、そしてその原因となっている人物が職場の上司と部下のように簡単には逃れられない関係であるとすれば地獄の苦しみを味わったのではないだろうか。そしてクラスメイトや同僚たちも攻撃の刃が自分に向けられるのを恐れて誰も助けてはくれなかったはずである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎心の平安を保つため

 こんなふうに話し合いを拒否するのは、後ろめたい気持ちがあるとか、自信がないという理由によることが多いのだが、攻撃欲の強い人は、それを決して認めようとしない。あくまでも否認しようとする。 否認は、ごまかして、現実を覆い隠す、最も原始的な防衛メカニズムである。他人には明白であるように見えることでも、「そんなこと言ってない」「やってない」「知らない」「記憶にない」「誤解しているんじゃないの」などの言葉で、「存在しなかった」ことにしようとする。葛藤を感じなくてすむようにして、心の平安を保つためである。
 あなたが事実を突きつけても、壁にぶつかるだろう。いくら証拠を見せても、攻撃の強い人は、せいぜい一部しか認めようとしない可能性が高い。自分にとって都合がいいように思い込んでいることが少なくなく、そういうふうに過去の出来事を再構築しようとするような場合さえある。
 こういうことは、突きつけられた事実が、攻撃欲の強い人の自己愛を傷つけるような類のものであるほど、起こりやすい。誰だって、自分は間違いなど犯さない賢い人間だし、心優しい善人だと思い込んでいたいのだから、当然と言えば当然である。
 こうした自己愛的イメージを壊すような事実を否認し続けようとするのは、ラ・ロシュフコーも言っているように、自己愛が「この世で最もずるい奴より、もっとずるい」せいである。そのため、厄介な事実を否認するだけでなく、ときにはねじ曲げて、自分が種をまいたもめ事や不和であっても、その責任が相手にあるかのような言い方をすることもある。
(片田珠美 2014, pp. 128-129)

 

 

 

 

 

 当該人物は飲まない会の代表である私を操り、実質的に自分が飲まない会を支配しようとしていた。しかし、飲まない会は入会も退会も無い。入会金も月会費も無い。そんなボランティア団体を運営していれば持ち出し(自腹)が増えるばかりで経済的にはデメリットだらけである。
 なぜ当該人物がそんな団体を支配しようとしていたのか? 実は明確な理由がある。当該人物のその野望を次回以降の更新で詳細に解説する。
 理由が何であるにしろ、当該人物は飲まない会の代表である私を複数のSNSで糾弾し、断酒掲示板の指導者的立場になってまんまと洗脳されてしまった人達を思い通りに操っている。もちろん誰も自分が操られているなんて気づいていない。過去の私がそうであったように。後はヒース・レイカーを黙らせるだけになったのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎支配こそが究極の目標

 支配こそ、攻撃欲の強い人の究極目標である。これまで、さまざまな手法を取り上げてきたが、いずれも相手を支配して自分のほうが優位に立つことをめざしている。相手が逆らわず服従するようになり、自分の思い通りに何でも決められるようになれば、しめたものである。そうなれば、自分の言動が問題にされることも、批判されることもなく、居心地の良い状況を維持できるのだから。
 攻撃欲の強い人に支配されてしまうと、自らの意志で決断したり行動したりする自由を失うだけでなく、自由に感じたり考えたりすることもできなくなったような気になる。また、自尊心が傷つくので、自信を失うし、他人を信頼することもできなくなる。
(片田珠美 2014, pp. 130-132)

 

 

 

 

 

 当該人物の洗脳力は一般の人達の想像を超えている。今まさに最後のマッチを擦って死にそうになっているマッチ売りの少女(少年)に騙されるとは誰も思わないだろう。このような能力は一朝一夕にして身につけられるものではない。
 更に、当該人物が当初自分に設定した弱者キャラであれば、現在当該人物がほぼ毎日のように私を糾弾してしているような攻撃的ブログを書けるはずはない。本件に関わっている当事者はまずこの矛盾に気づかなくては決して目を覚ますことはできないであろう。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎スッとするために正義を振りかざす

 インターネットは、誰かの誹謗中傷にあふれた世界である。ほんの小さな悪事でも、まるで鬼の首でも取ったかのように大きく騒ぎ立てる。自分の意見と違う人がいると、徹底的に論破してその人の人間性まで否定しようとする。相手が成功している有名人ともなれば、攻撃はますます激しくなる。ネットから始まった騒動が大きくなり、マスコミに取り上げられることも珍しくない。
 最近特に増えているのは、「正義」を振りかざして相手を追及するやり方だ。たとえば、芸能人の家族が生活保護を受給しているということを知るやいなや、「けしからん。この税金泥棒!」といった具合に相手を攻撃する。ここまでならまだ序の口だ。徹底的に糾弾するにはそれだけでは足りないと、その芸能人の出演番組のスポンサーに「降板させろ」という抗議を申し入れたり、芸能人の過去の発言を掘り起こして発言の矛盾を指摘したりと、相当な労力をかけてまでその人を攻撃しようとする。
 たしかに、生活保護は必要な人に正しく支給されなければならない。そして不正受給が後を絶たないという問題に一石を投じたという点では意味のあることだった。しかし、この騒動が起こるまで、その問題と向き合っていた人がどれだけいただろうか。また、騒動後も継続してこの問題と向き合っている人はどれだけいるだろうか。当時攻撃していた人たちの目的は、社会問題の根本的解決にあったのではなく、自分の攻撃欲を満たすことにあったのではないかと思われる。
 実際、この騒動が収まると、次は芸能人の不倫騒動、人気アイドルの男性との交際騒動と、攻撃ターゲットは目まぐるしく変わっていった。全ての騒動に参加している人がどれだけいたかは知らないが、他人の悪を叩いた人は総じて次のような快感を得たのではないだろうか。 「悪を叩いてスッとした。楽しかった」
 なぜ悪を叩くとスッとするのか。それは悪を叩くことによって、「自分には悪がない」というふりをし、自分自身の悪を否認できるからである。しかも、自分が否認した悪を外部の他人に転嫁する、つまり攻撃対象の他人に「投影」しているのだ。
 これまで、ルールや一般常識、マナーから一度も外れたことがないという人はいないだろう。車の制限速度を1キロもオーバーしたことがない、通学路で寄り道したことがない、人の陰口を言ったことがない、他人を傷つけたことがない。そんな人はほとんどいない。誰だって多かれ少なかれ、「悪」に手を染めたことがあるはずだ。にもかかわらず、自分が悪を糾弾するときは、そんなことなどなかったかのように他人を容赦なく叩く。
 これはネットユーザーのことだけを言っているのではない。ニュースキャスターやテレビのコメンテーター、マスコミの記者なども、自分のことを棚に上げて非難することが珍しくない。他人の不倫を批判していながら、実は自分も不倫をしていた。飲酒運転を批判しておいて、実は自分も飲酒運転をしていた。こんな矛盾は珍しいことではない。一般社会でも同様である。自分のミスを棚に上げ、部下のことを執拗に責める上司。外で不倫をしておいて、妻の浮気を疑う夫。これらの攻撃メカニズムはみな同じである。
 こんなふうに攻撃する人たちは、無意識のうちに、先ほどの「投影」をしている。自分が持つ「内なる悪」を外部に追い払おうとしているのだ。自分の嫌な部分、内なる悪があるからこそ、他人の悪を見つけるとそれを排除し、自分があたかも正義であるかのようにふるまってしまう。
 つまり、正義と悪はわれわれの中では表裏一体なのであり、自分に何かやましいこと、負い目を感じていることがある人ほど、他人を攻撃してスッとする快感に浸ろうとするのである。
(片田珠美 2014, pp. 135-138)

 

 

 

 

 

 なぜ私が当該人物のターゲットにされたのか?
 それは2014年11月16に公開したこのWebサイトに私の「心理情報」を掲載していたことが原因である。「会社を潰した」「破産した」「離婚した」「解雇された」など一般的にはあまり公表したくないような経験をあえて書いていた。仕事上の取引先には知られたくなかったがペンネームにすれば大丈夫であろうと考えたからである。
 しかし、住所や氏名といった個人情報を掲載していなければリスクはないという考えは甘かったようである。世の中には理不尽な目にあって人生に落胆しているような人をターゲットにしてネットで探し回っている個人や団体が存在するのである。3年委員会のミーティングで当該人物から聞いていた複数の話を繋ぎ合わせると、偶然ではなく意図的に自分がターゲットにされていたことに気づいたのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

 このように一時的な弱みに巧妙につけ込むのが攻撃欲の強い人である。独特の嗅覚で、ターゲットになりやすそうな対象をかぎ分けて、不安や孤独を利用するわけである。ある種の新興宗教は、一家の主が亡くなったり、誰かが長患いしたりして困窮している家庭をターゲットにして信者を獲得しているという話を聞くことがあるが、これは、弱っている人ほどつけ込まれやすいという原則を踏まえた戦略である。
「弱り目に祟り目」とか「泣きっ面に蜂」ということわざも、何らかの災難に遭遇して弱気になっている人が、攻撃欲の強い人につけ込まれてボロボロになっていく悲惨な様子を端的に言い表したものなのではないか。
(片田珠美 2014, p. 167)

 

 

 

 

 

 私はブログや掲示板をプログラミングしてクライエントに納品する仕事をしていたが、自分自身がSNSで情報を発信をするという経験は少なかった。しかし当該人物は、20年ほど前から既に出会い系サイトで異性とチャットをしたり、リアルで会ったりしていたと3年委員会で語っていたから、私よりSNSユーザーとしてのスキルは何倍も上手である。
 私はこの文字だけのWebサイトなんて誰も見ないだろうと思っていたのに、公開1年を過ぎた頃に読者からメールが届くようになって驚いていた。と同時に、「断酒を継続するにはどうすれば良いか?」というような質問にはなるべく親身になって返信を書いていた。自分が公開したサイトを読んで断酒を始めた人達がいるのだから、なるべくスリップ(挫折)しないように応援してあげたいと思ったからである。そして反響があったこと自体も嬉しかった。
 このWebサイトを見つけた当該人物は断酒をしているフリをして読者になりすまし、メールで質問をくり返しながら私の心理情報を収集していたのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎暗示にかかりやすい人は“鴨”

 幻想を抱きがちで、現実の世界がその幻想通りではないということをなかなか受け入れられない、いや、むしろ受け入れたくないがゆえに、理想化しやすいというのも、しばしば認められる傾向である。
 世の中は、助け合いたいという善意で動いている善人であふれていると思い込んでおり、周囲の人間の嫌な部分には目を向けようとせず、理想化してしまう。世の中には、親切ではない人もいれば、悪意を善人の仮面で覆い隠している人もいるという現実を認めることに耐えられないからである。
 当然、自分の夢や幻想を壊すような現実に直面することを避けて、夢や幻想にぴったり合いそうなことを言う人を信じることになる。このように理想化して信じやすい人が、何かのきっかけで落ち込んでいるような状況は、攻撃欲の強い人の目には、「鴨が葱を背負ってくる」ように映るはずである。その人が信じている夢や幻想に適合しそうなことをちらつかせるだけでいいのだから。
 理想化しやすい人は、白馬に乗った王子様が自分の前に現れた、理想の女性にめぐり合えた、理想的な職場がやっと見つかった、信じられないほど素晴らしい投資話が舞い込んだなどと信じてしまいやすい。
 これは、暗示にかかりやすい傾向とも密接に結びついている。暗示にかかりやすい人の多くは、自分で自分に暗示をかける自己暗示にはまっている。つまり、幻想的願望充足によって、満たされぬ現実を乗り越えようとするわけだが、こういう人ほど理想化して信じてしまい、後で痛い目に遭うことになる。
 攻撃欲の強い人につけ込まれないようにするためには、目と耳を働かせて、人間観察の訓練を積むと同時に、幻想を捨てて現実を受け入れる覚悟が必要である。酷なようだが、理想を追い求めるあまり、自分の幻想とは異なる現実を受け入れようとしない「夢見る夢子ちゃん」は、ターゲットにされやすいのである。
(片田珠美 2014, pp. 168-169)

 

 

 

 

 

 当該人物がSNSで私に誹謗中傷を始めたときから分かっていた。当該人物が「1. なぜ、こんなふうにふるまうのか?」「2. 一体何を恐れているのか?」「3. 何に対して劣等感を抱いているのか?」ということを。
 それを私が公表することを当該人物は恐れている。繰り返されているSNSでの誹謗中傷攻撃は「絶対に言うなよ」という私に対するメッセージなのである。だから私が月曜から金曜の19時からライブ配信を始めると誹謗中傷の攻撃が激しくなったのである。(ライブ配信は8月24日で終了しました)

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎攻撃欲の強い人だって恐怖を抱いている

 攻撃欲の強い人からターゲットにされて痛い目に遭わされていると、どうしても恐ろしいというイメージを抱きがちだし、対抗するなんてとてもできないと思ってしまうかもしれない。だが相手も、びくともしない無敵の存在というわけではない。実はそれなりに弱点を抱えているのだが、注意深く隠していることが多い。そこを突かれて攻撃されるのではないかと、内心恐れているためである。
 ここが重要なのだが、一般に周囲の人を脅したり、恐怖を与えたりするのは、自分自身が他者を恐れているからである。少なくとも、通常のやり方では他人を自分の思い通りに動かすことはできないと感じているからこそ、恐怖に訴えようとするわけである。
 このような姿勢それ自体が、自信のなさや無力感の裏返しとも言える。自分に自信がなく、周囲と信頼関係を築くこともできず、不安にさいなまれているせいで、自分のほうが優位に立って相手を支配できるように、震え上がらせたり、振り回したりするのである。
 このことをきちんと認識して、攻撃欲の強い人は実は臆病な意気地なしなのだという視点から眺めることが必要である。他人を恐れていて真正面から立ち向かう勇気がないからこそ、陰湿なやり方で痛めつけるのだし、復讐を恐れているからこそ、背後から切りつけるような卑劣な真似をするのだということを忘れてはならない。
 そこで、あなたが、ターゲットにされて悩んでいるのであれば、攻撃欲の強い人を、次の3つの点からとらえ直してみるといいだろう。

 1. なぜ、こんなふうにふるまうのか?
 2. 一体何を恐れているのか?
 3. 何に対して劣等感を抱いているのか?

 たとえ、答えが見つからなくても、攻撃欲の強い人から受ける、実際以上に力を持っているようなイメージのせいで、あなたが抱いている恐怖や無力感を、多少はやわらげられるはずである。
(片田珠美 2014, pp. 178-179)

 

 

 

 

 

 過去に当該人物が今回と同様の方法で自分自身がターゲットから被害を受けたかのように振る舞い、当該人物の一面しか知らない“鴨達”を味方につけて、幾度となく自分の主張を押し通してきた可能性は否定できないであろう。過去の成功体験がモンスターを作り上げてしまったのである。
 当該人物は過去に自分は飲まない会のコアメンバーであったと言っているようであるが、それは間違いない。しかし、平気で嘘をつく性格と異常な行動により、外されたことは話していないであろう。自分に都合の悪いことは決して言うはずがない。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎弱さを知られていないことが最大の武器

 攻撃欲の強い人が、実は臆病であり他人への恐怖を抱いているのに、それをひた隠しにするのは、自分自身の弱さを周囲に知られていないことが、その力の源泉になっているからである。言いかえれば、強そうな仮面を周囲が恐れれば恐れるほど、周りは対抗して何か手を打とうという気をなくすので、攻撃欲の強い人の思うつぼになるわけである。
 だからこそ、恐怖で支配して、周囲の人が自分は無力なので抵抗するのは無理だと信じ続けるように仕向ける。言葉や行為で明確に伝えることもあれば、誹謗中傷や噂話でそれとなくほのめかすこともあるが、いずれにせよ、何も言わず、何もせず、頭を下げているうちに嵐が通り過ぎてくれることを願うだけの人が多ければ多いほど、攻撃欲の強い人にとっては好都合である。いわば、周囲の無知、不安、恐怖、ときには事なかれ主義を利用しているのだと言えよう。
 つまり、攻撃欲の強い人が力を発揮できるのは、その弱さを周囲に知られていないからである。逆に、しょせん張り子の虎にすぎないことにあなたが気づけば、恐怖は向こう側に移るはずである。
 たとえば、操り人形のように、支配的な親に何でも決められて、窒息しそうになっていた子供が、親への反抗から不登校になり、逆に親を振り回すようになる場合、あるいは、近所のおばちゃんのお節介な干渉や陰口にうんざりしていた女性が、そのおばちゃんの家庭が実は崩壊しかけていることを知って、そのことをほのめかすようになる場合などを思い浮かべていただきたい。
 こういうやり方を用いるのは、決してほめられた話ではない。だが、日々われわれを悩ませる攻撃欲の強い人から解放されるためには、向こうの弱点や恐怖を突いて反撃せざるをえない場合もあることを念頭に置いておくべきだろう。
(片田珠美 2014, pp. 179-181)

 

 

 

 

 

 当該人物に協力している人達や当該人物から協力するようにアプローチを受けている人達は当該人物の行動を冷静に観察してみるべきである。
 まず当該人物は断酒などしていない。機会飲酒をしている人達や断酒歴の浅い人達はわからなくても当然と言えるが、断酒歴が長く、断酒会で多くのアルコール依存症の人達とリアルに行動を共にしていた私の目を騙すことはできない。当該人物はむしろ断酒など馬鹿馬鹿しいと思っている。なりすましアカウントで何度もそのような書き込みをしていた。それが隠れスリップしている人達に私への反発心を喚起させることを知っているからである。
 当該人物のように攻撃的なブログを書いている人物が真面目に断酒を続けていると簡単に信じてしまうような人はまだまだ覚醒は遠いと自覚した方がよいだろう。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎まずは観察をしてみる

 攻撃欲の強い人の手口に気づいて、あなたをがんじがらめにしている糸を解きほぐしていき、場合によっては断ち切るために必要なのは、何よりも観察である。まず、一歩引いて、あなたを悩ませているのは具体的には何なのか、一体どんなメカニズムが働いているのかを見きわめなければならない。
 観察を続けていくうちに、少しずつ向こうの矛盾や欺瞞に満ちた言動、恐怖を与えるための威嚇や虚勢などが見えてくるだろう。理想的なのは、あなたをおとしめたり惑わせたりする言葉も聞き流せるようになることだが、それが難しくても、あなた自身が置かれている状況を少しでも客観的に見つめ直すことができれば、しめたものである。
 この観察の段階では、あまり発言したり行動したりしないほうがいいだろう。攻撃欲の強い人がどんなふうにふるまうのかをじっと見つめ、ののしったり、こきおろしたりするのに耳をすませながら、悪意を含んだほのめかしや挑発にも一切応酬せず、沈黙を守るべきである。
 やがて、向こうのほうが、あなたに見ぬかれているのではないかと感じるようになるかもしれない。すると、どうなるか。こんどは、あなたを逆上させようと、あの手この手を使ってくる可能性が高い。
 挑発の仕方はさまざまである。支配下から離脱したり、反抗したりすれば、こんな困ったことが起こって厄介な事態を招くことになるだろうと脅すこともあるし、非難や侮辱的な言葉を浴びせることもあるだろう。あるいは、「何をたくらんでいるんだ?」「なぜ、そんな態度をとるのか?」「自分が何をしているのか、わかっているのか」などと質問攻めにするかもしれない。
 ここで、挑発に乗ってはいけない。軽率な言動は慎むのが賢明である。向こうの挑発が激しさを増し、むき出しになっていくほど、墓穴を掘ることになりやすいので、一連の挑発を冷ややかなまなざしで見守るべきである。
(片田珠美 2014, pp. 182-183)

 

 

 

 

 

 私は当該人物と話し合う気などない。3年委員会の最後の頃に幾度となく3時間近くの言い訳を聞かされて心身ともに疲れ切ってしまったからである。日々の仕事と4本のメルマガの執筆を抱えているのに30分のミーティングを3時間も引っ張られたのではたまったもんではない。しかも明らかに作り話とわかるような言い訳ばかりである。
 今回誹謗中傷を受けたことにより、私は様々な書籍や論文を読んだが、当該人物のようなタイプは相手の立場になって物事を考えるということが先天的に出来ないということを知った。そう考える理由は次回以降の更新で詳細に明らかにしたいと思う。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎根性曲がりにつける薬はない

 じっくり観察して、攻撃欲の強い人の手口を把握したら、あとは、静かに話し合って自己主張すればいいだけだと思われるかもしれない。ところが、そうは問屋が卸さない。
 向こうが話し合いを拒否することもあれば、その途中であなたを振り回すこともあるだろう。円満に解決するよりも、一層こじれて紛糾することを密かに望んでいるようなところがあるからである。その結果、あなたのほうがくたくたに疲れ果てて、骨折り損のくたびれもうけになる可能性だってある。
 ちゃんとした話し合いがいつかはできるようになるだろうなどという淡い期待は、早めに捨てたほうがいい。攻撃欲の強い人は話し合いをぞんざいに片づけようとするかもしれないし、妨害するかもしれない、場合によっては拒否するかもしれないと覚悟しておくべきである。そのほうが、現実的な対応ができるし、何よりも受けるダメージが少なくてすむ。
 攻撃欲の強い人は変わらない可能性が高い。まさに、「三つ子の魂百まで」ということわざ通りであり、あまり幻想を抱いてはいけない。「狂気を癒す方法は見つかるが、根性曲がりを矯正する方法は全く見つからない」とラ・ロシュフコーは言っているが、攻撃欲の強い人も一種の「根性曲がり」であり、つける薬はないのだと認識したうえで、どんなふうに対応するかを考えなければならないのである。
(片田珠美 2014, pp. 183-185)

 

 

 

 

 

 当該人物は明らかに私を見下していた。一度は私を洗脳し、支配下において操ることができたからである。当該人物が過去に幾多の人々を操ってきたように作り話でコロッと騙せたからであろう。
 私も無防備だった。「断酒を決意しました」と言われれば、誰でもみんな真面目でいい人に見えたからである。私は元々酒さえ飲まなければ、仕事や私生活においても慎重に慎重を重ねるタイプだったが、「断酒している」と言われると、仲間意識や親近感が湧いてきて疑うことを忘れてしまったのである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎理解してくれるかもしれないなんて甘い幻想

 攻撃欲の強い人にずっと悩まされ続けていると、くよくよ考えて、欲求不満を溜め込むことになる。そのため、いつかは、自分が受けた苦しみを理解してほしいという願望、あるいは理解してもらえるのではないかという期待を抱きがちである。
 これは、法廷で、被害者や家族が、人生をめちゃくちゃに破壊した加害者に、自らの犯罪行為の重大性を認識して謝罪してほしいと望むのと同じである。だが、実際には、被害者の痛みに共感して、底から後悔するような犯罪者は、むしろ少数派である。
 それと同様に、攻撃欲の強い人があなたの痛みを理解してくれるなんて、ほとんどありえない。そんな幻想は捨てたほうが身のためだ。第4章で述べたように、自分の言動を否認して、過ちや間違いを認めることを頑として拒むだろう。
 特に、ターゲットを見下している場合ほど、その痛みや苦しみを理解しようとしない。このような傲慢さは、強い自己愛ゆえに、自分には何の問題もないと思い込んでいることに起因する。自分に問題がない以上、何かうまくいかないことがあっても全て他人のせいというわけである。
 たとえば、虐待で告発された親が、子供を叩くようなことは一切していないと頑として否認し、少々「行きすぎ」の行為があったにせよ、あくまでもしつけのためであり、愛情からやったことだと自己正当化するような場合が典型である。こういう親に限って、わが子を「恩知らず」とののしり、罪悪感を抱かせるようにするものである。
 あるいは、DV夫が、家事が嫌いで料理もろくに作らない妻を朝叩き起こすために仕方なくやったことだと弁明するような場合もある。会社でパワハラまがいのことを繰り返している上司が、「会社に害毒をたれ流し、損害を与えるような社員は、根性を叩き直す必要がある」という信念にもとづいて行動していることもある。
 要するに、自分は正しいと確信しているので、自分がやったことや言ったことを振り返らない。他人から過ちや間違いを指摘されても、それを認めると自分の弱さを周囲に知られてしまうことになるのではないかという恐怖ゆえに、決して認めようとしない。当然、責任を取ろうともしないし、反省もしない。
 それにいちいち憤慨していたら、こちらの身が持たないので、そういう人なのだとあきらめるしかない。「あきらめる」とは「明らかに見る」ことでもある。攻撃欲の強い人をじっくり観察していると、善意にもとづいて行動する誠実な人を相手にする場合とは全然違って、話し合うことすら難しいという印象を抱くこともあるが、それは、それで受け入れなければならない。
「どうせ、あきらめるのなら、観察したって何の役にも立たないじゃないか。そんなの、時間のムダ」とおっしゃる方もいるかもしれない。そんなことはない。攻撃欲の強い人を観察して、そのメカニズムを把握すれば、なぜそんなふうにふるまうのか理解できるようになるし、次に何をしようとしているのかも、ある程度予測できるようになるので、不安や恐怖が多少なりとも収まるはずである。
 何よりも重要なのは、攻撃欲の強い人は罪悪感をかき立てる達人なので、そのために、こちらに責任があるのだと思い込まされてしまいやすいという構造を見ぬくことである。このような責任転嫁は、攻撃欲の強い人が自分の問題や弱点を突かれるのをどうしても避けたいからこそやっているのだということに気づけば、投影された罪悪感にさいなまれて悩む必要もなくなるだろう。
 もちろん、観察して理解するだけで、全てを解決できるわけではない。それでも、攻撃欲の強い人に背負わされた不安、恐怖、罪悪感などがやわらげば、重圧が軽くなるので、何となく開放感を味わえるのはたしかである。
(片田珠美 2014, pp. 185-187)

 

 

 

 

 

 当該人物が飲まない会の人達を調略している手口は、まずブログになりすましアカウントを作成してブログを公開している人達にリブログを仕掛けてくる。自分のブログがリブログされている事に気づいた人はリブログ元のブログを必ず見にいくことを当該人物は知っているからである。
 リブログ元のブログには「ヒース・レイカーさんを応援しよう」などと書いた褒め殺しのリンクが貼ってあり、そのリンクの先が当該人物のブログになっているのである。最初から毒ブログでアプローチしたのでは警戒されるので、アプローチするブログは安全を装うという二重構造になっている。
 毒ブログを見てもしっかりと断酒できている人はニュートラルに処理できるので簡単には信じないのだが、隠れスリップしていたり、飲酒欲求に悩まされているような人は「ヒース・レイカーはこのブログに書いてあるように悪い人だったんだ・・・だから自分がスリップしても仕方がないだろう」という理由を与えてしまう。正に「魔」である。
 飲酒欲求が渇望にまで進んでしまった人は自ら当該人物に「ブログを読んでびっくりしました」などとコメントしてしまうこともあるだろう。自分のスリップを正当化したいとう潜在意識が働くからである。そうなれば当該人物の思う壺である。
 ちなみに当該人物は5月27日から7月15日までになりすましアカウントで私宛に24回リブログを仕掛けてきていた。丁度19時のライブが始まった時期と一致している。いかに当該人物がライブでの私の発言を恐れているかを物語っている。
 なりすましアカウントを作成することはブログ運営会社に対する規約違反になることは当然であるが、その前になりすましは世の中全体を騙しているという事実を冷静に判断しなければならない。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎自分の考え方を変えるしかない

 先に述べたように、ほとんどの場合、攻撃欲の強い人は変わらない。自分の過ちや間違いを認めようともしない。
 こういう人にターゲットにされて痛い目に遭っていると、いつかは攻撃欲の強い人が変わって、お互いに理解し合えるようになり、丸く収まるのではないかという期待を抱きがちである。だが、関係が改善する可能性に一縷の望みを抱くこと自体が、さらに事態を悪化させたり、一層苦悩を募らせたりする場合が少なくない。
 というのも、攻撃欲の強い人は、自分の目的を達成するまでは、決して変わらないからである。目的とは何か? 破壊である。ターゲットを壊し、ターゲットがやっていることをむちゃくちゃにしようとする。ときには、ターゲットを排除しようとすることさえある。こういう人が態度を変えることがないわけではない。いつか? ターゲットが打ちのめされて、へこんだときだけである。
(中略)
 あなたが、攻撃欲の強い人によって壊されたくなければ、相手が変わってくれるかもしれないなどと決して期待してはならない。向こうが変わらない以上、できるのはただ一つ、あなたの考え方を変えることである。
 特に、前の章で述べたように、「他者の欲望」を満たそうとする人ほど、攻撃欲の強い人のターゲットにされて振り回されやすいので、思い当たるふしのある方は、できるだけ意に沿うようにしようなどという殊勝な心がけを捨てるべきである。向こうの望みが破壊である以上、それを満たそうとすれば、あなたのほうがボロボロになってしまうことになりかねないのだから。
(片田珠美 2014, pp. 187-191)

 

 

 

 

 

 当該人物のような「他人を攻撃せずにはいられない人」は生い立ちや育った環境によって人格形成されたものではないことを精神医学の研究が明らかにしている。詳細は次回以降の更新で明らかにする。
 つまり、親に虐待されたからとか身内にアルコール依存症がいたから精神が歪んだというのは詭弁である。当該人物がターゲットに近づくときは、いかに自分が悲惨な生い立ちであるか、そしていかに自分が弱い存在であるかをことさらにアピールする。しかし、あの攻撃的な誹謗中傷ブログは、自分から弱者になりすましていたことを証明してしまったようなものである。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎できるだけ避ける

 ある人が攻撃欲の強い人だということに気づいたら、最良の解決策は、できるだけ避けることである。たとえば、同じ職場で働いている場合、勤務の時間帯を変更するとか、向こうがよく行く場所には足を向けないようにするとかして、なるべく顔を合わせないようにする。場合によっては、異動や転勤を申し出るという選択肢だってあるかもしれない。
 そこまでするかと思われるかもしれないが、私の外来に通っていた会社員の女性は、背後を通りぎる際に「死ね」とつぶやいたり、すれ違いざまに「邪魔」と叫んだりする先輩に悩まされて眠れなくなり、しばらく休職した後、自ら希望して別の支店に転勤した。
 転勤後、受診した際に、「支店を変わって、本当に良かった。ずっと胸につかえていたものが、やっと取れたような気がします。会社に行っても、あの人の顔を見ずにすむのかと思うと、伸び伸びと仕事ができます。ときどき、研修会や会議などで会うこともありますが、もう私とは関係ありませんから」と語った。ちなみに、例の先輩は、その後、新たに配属された女性社員をターゲットにして同じような嫌がらせを繰り返したため、パワハラ委員会に告発されたということである。
 同じ職場ではなく、遊びや趣味などで知り合った友人、ママ友、あるいは近所の人などの場合は、これまでの習慣を変えるとか、その人が来るような集まりには出ないとかして、できるだけ会わないようにすればいい。
「なぜ来ないのか?」と尋ねられたら、もっともらしい言い訳でごまかせばいいだけの話である。「嘘も方便」ということわざもある。あなたは嘘つきでも、偽善者でもない。ただ、あなたを破壊する危険性のある人物から身を守るために必要なことをやっているだけである。
 また、これは、逃避でもない。攻撃欲の強い人は、「逃げるなんて、臆病者のすることだ」などという言葉で、あなたに罪悪感を与えて、身動きがとれなくなるように仕向けるかもしれないが、そんな言葉に惑わされてはいけない。これは、あくまでも必要な防衛なのだと自分自身に言い聞かせるべきである。
(片田珠美 2014, pp. 191-192)

 

 

 

 

 

 さて、この論文を読んだ当該人物の信者達は、当然のごとく真偽を確かめるために当該人物に連絡するだろう。
 私の経験からお伝えしておくが、こんなとき当該人物が取る手法は「空泣き」である。私は何度も遭遇しいる。しかし、子どもが親を操作しようとするような空泣きに騙されてはいけない。
 あのようなおぞましい攻撃的な誹謗中傷ブログを毎日のように更新しておきながら、都合が悪くなったら空泣きしたとしても、今さら誰も信じないだろうが、スリップしている人は騙されやすいのであえて付け加えておく。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎できるだけ話さない

 もっとも、会わないようにしようとしても、そうはいかない場合もあるだろう。同じ職場でずっと働き続けなければならないとか、近所なのでどうしても顔を合わせるということはよくある。ときには、やむをえない事情により、同じ屋根の下で暮らさなければならないようなことだってあるだろう。
 そういう場合は、できるだけ話さないようにするしかない。ただし、表面上は、礼儀正しくしておくべきである。天気とか暑さ寒さとかの当たり障りのない話題にとどめておいて、深入りしないことだ。
 間違っても、あなたの私生活や心配事などを話してはいけない。というのも、あなたがつい話してしまった内容を、攻撃欲の強い人は、都合のいいように解釈したり、脚色したりして、言いふらす恐れがあるからである。
 たとえ質問されても、言葉を濁しておくのが、賢明だろう。取り調べで尋問されているわけではないのだから、きちんと正確に答える義務はないくらいの割り切った気持ちでいたほうが、厄介事に巻き込まれなくてすむ。
 こんなふうに、攻撃欲の強い人から距離を置くようにしていると、向こうのほうが怪訝な顔をしたり、イライラしたりするかもしれない。あなたがうまく逃れようとしていることに気づいて、怒り出したり、脅し文句を吐いたりするかもしれない。
 ここで、持ちこたえなければならない。約束を「うっかり」忘れてしまったり、電話がかかってきたときに「あいにく」不在だったりするようなことだって、「偶然」起こりうるのが人生なのだから。いずれも、あなたにはあなたの生活があり、やらなければならないこともたくさんあって、攻撃欲の強い人に振り回されている時間などないのだということをわからせてあげるための手段である。
(片田珠美 2014, pp. 193-195)

 

 

 

 

 

 当該人物が自己のブログで私を糾弾した内容を公開するとき、当該人物の脳内には快楽ホルモンであるドーパミンが放出されているはずである。ブログの文面を見れば明らかだ。そして私のメルマガの購読をやめたり、飲まない会を離脱したりする人が出ると小躍りして喜んでいるのが私には想像できる。ドーパミンは依存症を引き起こすことが精神医学で明らかにされている。
 しかし、私自身は誰に何を批判されようと言い訳することなどに興味はない。ただでさえ忙しいの自分の支配欲を満たしたいだけの異常者に費やすリソースは1分足りともない。このWebサイトやメルマガにも書いているように、倒産・破産・離婚・解雇・近親者との死別・被災などを経験しているから既に失うものなど何も無いからである。更にプライドなどという高尚なものも持ち合わせていない。もしそのようなものがあったら、このWebサイト「アルコール依存症じゃないけど、酒をやめたい!」は存在していないだろう。
 ただしこの私の経験が「他人を攻撃せずにはいられない人」にいじめられている人達のためになるなら話は別である。自分がいじめられた経験がなくとも、配偶者や子どもさんが職場や学校で私と同じような目に合ったら、何の知識もなければどうしてよいのかわからなくて途方に暮れるだろう。
 私のような立場の人間に現在起きているような経験をさせているのが神であるならば、それはネットで誹謗中傷を受けている人達に「光を指し示せ」という示唆ではないだろうか。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎やり返すことが必要な場合もある

 ここまで、攻撃欲の強い人にできるだけ穏便に対処するにはどうすればいいのかについて、さまざまな方法を紹介してきた。やられたらやり返したいという欲望をむき出しにしたら、関係がさらに悪化したり、仕返しされたりする恐れがあるからである。
 だが、こちらが何らかの形でやり返さない限り、破壊を延々と続けるような攻撃欲の強い人も存在する。優しさとか寛大さとかは、弱さの裏返しにすぎないと思っているからである。こういう人は、ターゲットが抵抗も反撃もしないのは、弱くて、恐怖を抱いているからだというふうに受け止める。相手の平和主義や無抵抗の上にあぐらをかいて、平気で傷つけたり、痛めつけたりするわけである。
 逆に、こちらが、やられるままではすまさない、場合によってはやり返すぞという断固たる姿勢を示すと、引くことが多い。内心びくびくしているので、自分より強い者を避けようとするためである。いじめっ子が弱い者いじめしかしないのと同じである。
 そこで、ときには、やり返すこともできるんだぞと見せつけることが必要になる。関係を断ち切ることも避けることもできず、黙ったまま耐えていても、「反撃しなかったら、あいつに自分の人生をめちゃくちゃにされてしまう」とか「このままでは、自分がボロボロに壊されてしまう」と思い知ったようなときは、そうするしかない。
(片田珠美 2014, p. 197)

 

 

 

 

 精神科医の片田珠美氏が臨床研究で明らかにした「他人を攻撃せずにはいられない人」は、今回私が受けている誹謗中傷を説明する上で大変参考になった。「他人を攻撃せずにはいられない人」が存在することは理解して頂けたと思う。
 しかし、これはほんの入口である。他の専門家の文献から更に当該人物の人格・目的・意図を如実に表しているものが多数見つかっている。
 次回以降の更新では脳科学の観点から当該人物が「なぜ他人を攻撃せずにはいられないのか」を明らかにしていく。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎罪悪感から解き放たれるには

 最後に、攻撃欲の強い人がしばしば用いる武器、罪悪感から解き放たれるにはどうすればいいのか、述べておこう。
 繰り返し指摘しているように、攻撃欲の強い人は、罪悪感をかき立てる達人である。そのため、特に親子や夫婦、あるいは恋人や友人など、愛情や友情による結びつきと信じられているような関係では、罪悪感が足かせとなって、攻撃欲の強い人に支配されている関係からなかなか抜け出せない場合が多い。
 罪悪感は、一般に、何か悪いこと、特に禁止されていることをやったと感じた際に生じる。罪悪感があるからこそ、善悪の区別がつくようになるわけだし、罪を犯した場合には反省したり後悔したりするわけだから、われわれが社会生活を送るうえで不可欠な感情である。
 ところが、この罪悪感を、攻撃欲の強い人は、ターゲットを支配するためにしばしば利用する。いや、より正確には、悪用と言うべきか。悪いことや禁止されていることを拡大解釈して責める。ときには、ダブルスタンダードを平気で用いるようなこともある。他人には完璧を要求して、ちょっとした間違いも失敗も決して許さないくせに、自分には甘く、その矛盾にも決して触れようとしない。
 たとえば、「君がおれに逆らってばかりいるから、夫婦仲が悪くなり、子供が非行に走るんだ」と妻を責める夫、あるいは「君がきちんと資料を準備しておかなかったから、契約がうまくまとまらなかった」と失敗の責任を部下になすりつける上司などが典型である。
 こんなふうに責められると、どうしても、「家族が不幸になったのは、自分のせい」「仕事がうまくいかなかったのは、自分の責任」というふうに罪悪感を抱くことになりやすい。これこそ、攻撃欲の強い人のもくろみ通りである。極端な場合には、「責任は、100%他人にある。自分の責任はゼロ」という具合に、巧妙に責任転嫁することもある。
 このような責任転嫁のターゲットにされやすい人、つまり「イネイブラー」になりやすいのは、他人を幸福にする力も、逆に不幸にする力も自分にはあると信じているタイプである。言いかえれば、自分にはそれだけ強い影響力があるのだという幻想的な万能感を抱いている人ほど、罪悪感にさいなまれやすい。
 攻撃欲の強い人は、この万能感をくすぐることによって、罪悪感をかき立てることが多いので、それに惑わされないように気をつけなければならない。そもそも、このような万能感は、できるだけ早く捨て去るべきである。そうすれば、罪悪感から解放されて、もっと楽に生きられるだろうから。
「あなたのせいで不幸になった」とか「あなたのせいで仕事がうまくいかなかった」と責められたら、「私にそんなすごい力があるとは思えませんけど」と答えるのがいいかもしれない。あるいは、「何でも他人のせいにするのは簡単ですよね」とぼそっとつぶやけば、向こうは口をつぐむのではないか。
 最後に、攻撃欲の強い人が他人を責めて罪悪感をかき立てようとするのは、自分自身が抱えている後ろめたさに耐えられず、投げ捨てようとするからだということを忘れてはならない。
「もしわれわれに全く欠点がなければ、他人のあら探しをこれほど楽しむはずはあるまい」とラ・ロシュフコーは言っているが、これは、まさに攻撃欲の強い人の本質を突いた言葉である。
(片田珠美 2014, pp. 200-202)

 

 

 

 

 

 ここで当該人物が現在行っている誹謗中傷に関して誰が見ても明らかな事実にもう一度焦点を当てて考えてみたいと思う。

 1. 当該人物は複数のSNSで誹謗中傷を繰り返している
 2. 当該人物は自分に協力するようにSNSを使って飲まない会関係者を勧誘している

 上記2件に関しては、当該人物、当該人物の協力者、当該人物および当該人物の協力者から勧誘をうけた人達および私(以降本件の当事者という)は厳然たる事実として否定できない。

 まず「1. 当該人物は複数のSNSで誹謗中傷を繰り返している」についてだが、当該人物が頻繁に更新しているSNSを客観的に分析すると、当該人物のパーソナリティが如実に投影されていることがわかる。

 執拗にターゲットを追いつめ、誹謗中傷に協力するように賛同者を煽るとうい反社会的な記事を更新しているにもかかわらず、絵文字・顔文字・動物キャラクター等、そして「ギャァーー!」というような「擬音」が多様されれいることに異常性を感じる。

 誹謗中傷によって追い詰めらたことにより、対象者が自殺してしまう事件も後を絶たないというのにもかかわらず、当該人物は得意気になって誹謗中傷を楽しんでいるかのようであり、一般の人々が持っているはずの「良心」や「罪悪感」の存在が感じられない。

 更に「2. 当該人物は自分に協力するようにSNSを使って飲まない会関係者を勧誘している」についてであるが、1年前には「自身が断酒の継続が出来ていることに対して感謝の気持ち」を表現していた人達から、礼を失したようなメールが私宛に届くようになった。当該人物に感化されて同様の誹謗中傷記事を自身のSNSに書いている人も見受けられる。

 また、誹謗中傷が激しくなってからは、約100名が昼12時のメルマガの受信を解除し、夕方4時・夜8時のメルマガもそれぞれ50名が購読を解除しているから述べ約200名が本件の誹謗中傷によって読者登録を解除してしまった。

 この事実は当該人物の「洗脳力」の高さを表していると言えるであろう。誹謗中傷は反社会的行為であるから自分も社会から制裁を受けるかもしれないというリスクを犯してまで協力させてしまうのであるから、当該人物は人心を操る能力に長けていると考えられる。

 次回以降、当該人物のパーソナリティに更に焦点を当てて考察していくことにする。

2020年8月14日更新

 

 

 

 

◎更新履歴
この特集記事は全8回の予定で順次更新していきます。

はじめに
1. 他人を攻撃せずにはいられない人(2020年8月14日更新)
2. サイコパス(2020年8月21日更新)
3. 良心をもたない人たち(2020年9月20日更新)New!

 

 

 

参考文献「他人を攻撃せずにはいられない人」 PHP新書 2014年2月20日発行
著者紹介
片田珠美[かただ・たまみ]
広島県生まれ。精神科医。京都大学非常勤講師。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析的視点から分析。『無差別殺人の精神分析』(新潮選書)、『一億総ガキ社会』(光文社新書)、『一億総うつ社会』(ちくま新書)、『正義という名の凶器』(ベスト新書)など著書多数。

 

 

 

 

 

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